生きるということ(一)
日曜日の夕方。おじちゃんの部屋では、奥田民生のマシマロが流れていた。おじちゃんのリクエストである。曲に合わせてアメリカザリガニが音程の外れた歌をうたっていた。
イチカ、きのうはどこへ行っていたんだいと、ザリガニに変身してしまった私の叔父が、水槽からテレパシーでたずねてきた。
私は毎度のごとく、宿題をしながら、「うーん、借家の内見」と答えた。
おまえのアパートの壁は薄いからな、姉さんが耐えられなくなったのかい?
「となりの部屋のテレビの音がはっきり聞こえるからね。母ちゃん、嫌なになっちゃったみたいなの。それに来年、私、受験だしね」
壁が薄いで有名な会社だからなー、おまえの住んでいるアパートを建てた会社は。
「ネットだと、いろいろ本当かなと思う話が出てるね。たしかに、となりの人がどんな生活をしているのかだいたいわかっちゃうけど、慣れればたいしたことはないわ」
おいちゃんなら、耐えられないなー、そんな生活、イチカは偉いな、おとなだな、ところで、いい家は見つかったのかい?
そうおじちゃんに言われて、私は首を横に振りながら、「ううん」と言った。
「あれよ、帯に短し、たすきに長しってやつ。当然の話だけれど、いい家は高い。安い家は問題がある。この家からあんまり離れたところも困るしね。ちょうどいい家がなかなかないのよ」
へえー、それは残念だねとおじちゃんが言ったのに対して、私は水槽を見ながら話をつづけた。
「でもね、一件だけ、あったのよ。ちょうどいい家が」
おじちゃんが私に手を振りながら、へえー、ナイスな家があったわけか、でも、そこに決めたわけじゃないんだろう、なにか問題があったのかいとたずてきた。
「これよ、これ」と言いながら、私は両手首を折り曲げて、「お、ば、け」と答えた。
「なんかね、黒い影を見たんだって、母ちゃんが。内見をしていると、背後に人のけはいを感じて振り向くたびに、黒い影のようなものがちらちらと見えたんだって。きっとなにかあった家なのよと、母ちゃんが言ってた」
姉さんは思い込みが激しい人だからなー、気のせいな気がするけど、それでおじゃんかと、おじちゃんが言ったので、「そうよ、おじゃんよ」と私はうなづいた。
だいたい、幽霊なんてものがいるのかね、信じられんよと、テレパシーを送ってくるザリガニが口にしたので、「ふっ」と私は鼻で笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます