ひらひら(一)
大嫌いな古文の宿題を放り出して、「うふふ、うへへ」と言いながら、スマートフォンで動画を観ている私に、水槽の中のアメリカザリガニが、イチカ、何の動画を観ているんだいと、テレパシーでたずねてきた。
「えっとねえ、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れっていうタイトルの動画」
おまえは、そういうのが好きだねえと、ザリガニのおじちゃんがため息まじりに言った。それに対して私は、「ストレスが溜まると、こういう動画が観たくなるの」と答えた。破壊衝動ってやつかとおじちゃんが言ったので、そうよと私は応じた。
「おじちゃんは、バッファロー見たことある?」
ないなあ、おいちゃんの中で、バッファローと言えば、インターネットの機械の会社だなあ、とおじちゃんが言って来たので、「なにそれ」と私は笑った。
ああ、そうだ、バッファローは見たことないと思うけど、おまえのジイジに連れられて、富士サファリパークでバイソンは見た記憶がある、うんこしてた。
「バイソン? バッファローの仲間なの」
そのように私がたずねると、おいちゃんも知らない、気になるから調べてよとおじちゃんが言った。
「ええっ。めんどくさい。嫌よ」と私が返したら、そういうところがお前のいけないところで、学力不振の原因だよ、気になることができたら、小まめに調べるくせをつけないと、とおじちゃんがお説教をはじめた。
「はい、はい」と言いながら、私はスマホを消して、机の左に置かれていた電子辞書を手にとった。おじちゃんの手の油で汚れていた、その黒い電子辞書は、CASIOのEX-word XD-A6600。おじちゃんは「わが愛機」と呼んでいた。
辞書を開き、バッファローと打ち込んだところ、広辞苑では、次のように説明されていた。
バッファロー【buffalo】
⓵⇒水牛。
②アメリカ-バイソンの異称。
⇒バイソン
私が広辞苑の文言を読み上げると、それだけじゃあ、わからんなと、おいちゃんが言ったので、電子辞書のリンク機能を使って、私はバイソンを調べてみた。そうすると十行ぐらいで、バイソンの説明が書いてあった。
私は一読してから、要点をおじちゃんに教えた。
「野生のバイソンは、1921年に絶滅したんだって」
へえー、肉とか毛皮を目的に乱獲されたんだな、きっと、それで?
「でも、動物園にいたのが生き残って、繁殖させたみたい。おじちゃんが富士サファリパークで見たのはこれね」
なるほど、それはよかった、で、バッファローとはなにがちがうんだい?
「ええっとね、ちょっと待って。えっと、なお、バッファローは本来スイギュウを指すが、本種にも用いられる、だって」
よくわかんなくなってきたな、スイギュウって、日本語だよな、スイギュウは英語で何て言うんだい?
「そんなこと、どうでもいいじゃない。もう。自分で調べてよ」
面倒くさくなった私がそういうと、おじちゃんは悲しげな声で、おいちゃんの手じゃ、電子辞書は引けないよと言った。鋏だもの、チョキチョキ。
「知ってるわよ。……a water buffaloだって」
ふーん、何だか、頭が混乱して気ぞと、おじちゃんが言ったので、「私も、よくわからなくなってきた」と答えた。
おまえの見ている動画のバッファローは、バイソンなのかい、それともスイギュウかい、おいちゃんが見たのはどっちだったんだろう?
「私が観ていたのは、バイソンじゃない? おじちゃんのは知らないわよ」
牛の話をしていたら、なぜか、ミノタウロスの皿の話を思い出した、イチカ、となりの倉庫の本棚から探してきてくれないか、作者は藤子・F・不二雄だ。
「えー、面倒くさいなあ。どうせ、読めって言うんでしょ?」
まあまあ、短いマンガだから、すぐに読み終わるって、頼むよ、イチカさまーと、おじちゃんが懇願してきた。私も古文の宿題をしたくなかったので、まあ、いいかと思い、おじちゃんの部屋とつながっているというか、おじちゃんの部屋からしか入れない倉庫へ潜り込んだ。よくよく考えなくても、変な間取りの家である。ずいぶん古い家だからなあ。
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