おじちゃんと私(四)

 我ら、ザリガニには三分以内にやらなければならないことがある。

 吾輩は動物界節足動物門甲殻網エビ目ザリガニ下目アメリカザリガニ科アメリカザリガニ族アメリカザリガニ亜種アメリカザリガニである。学名はプロカムバルス・クラルキイ。名前は仮に、グレゴール・ザムザとしておこう。

 さて、年がら年中、あくせくと働いている人間どもが、川辺で佇んでいる我々、ザリガニの悠々自適な生活を見れば、いいなあ、彼らには時間に迫られてすることなどないのだろうなと思うことだろう。

 基本的にはその通りである。しかしだ。プロレタリアートからすれば、殿上人のような生活を営んでいる我々ザリガニにも、なるべく手早くしなければならないことがある。山崎パンのあんぱんにゴマを振るライン作業のように。

 それは、読んでいる諸君らも何となく察知しているであろう。そう、脱皮だ。脱皮は手早く、スムーズに行わなければ、生死を分ける。天敵の餌食になってしまう。憎きは、ウシガエルにカワセミ、それにブラックバスとサギ、そして人間。我ら、アメリカザリガニの天敵。我らの捕食者。許すまじ、ホモサピ。

 ごほん。話を戻そう。我ら、アメリカザリガニには三分以内にやらなければならないことがある。それが脱皮。

 脱皮の兆候は、ムズムズからはじまる。我らが深紅の鎧と身の間が何だかムズムズしてくるのだ。ここで出来の悪い、もしくは生真面目、几帳面すぎる同朋はミスを犯す。

 そう、ムズムズしだしたからと、脱皮を始めてしまうのだ。しかし、これはいけない。この段階で脱皮をしようとすると、時間がかかるのだ。ここで急いで殻を脱ごうとすると、大事な大事な手足がもげてしまう。我慢するのだ。そう、人間が排便を我慢して我慢して、一気に大便をひねり出すように、むずがゆくてもう死ぬというところまで、我々は我慢しなければならない。そうでなければ、天敵の目を盗んで、するりと脱皮することなどは不可能である。

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