三分以内に記憶を取り戻さなければいけない【KAC2024】

あるふぁ

三分以内

 ○○には三分以内にやらなければならないことがあった


 記憶を取り戻すことだ。

 失った記憶を取り戻す――文字通り難しそうだ。

 先ほどされた医師の説明によると、やはり相当難しいらしい。


 それなのに、記憶を三分で取り戻す? 無理だろ!

 それでも、やらなければならない。

 言われてみれば、やらなければならない合理的な理由はない。が、俺はそうしなければならないとプログラムされたように、「思い出す」という動作を実行しようとする。


(まずは名前か)


 先ほどされた説明の中では、俺の名前は出てこなかった。

 ――「あなたはいわゆる、記憶喪失という状態にあります。なんとかかんとか」

 「あなた」としか言われなかったから当然か。

 つまり、名前もわからない状態でスタート。まじかよ!


 そうこうしている間にも、タイムリミットは近づいていく。



 名前が重要なことは分かっているのだが、優先すべきはこれから会うという、俺の彼女だという女性について。

 覚えていることを……って、何にも覚えてないぞ!


 彼女についての記憶が無いのに、どう乗りきれば……

 心配はかけられない。

 たとえ、今の俺にとっては知らない人であろうが。初対面だろうが。

 彼女にとっては違うだろうから。


 彼女に不要な心配をさせることはできない。


(思い出せなかったとしても冷静に乗り切ろう)


 俺は心のなかで決意する。

 この誤摩化しが、いつまで通用するのか。

 理想としては、記憶がほとんど蘇るまでだが……

 そんな上手くいくのだろうか。



 時間が過ぎるのは早いもので、三分が経過していたらしい。

 もっとも、タイマーで計っていたわけではないので、正確ではないのだが……。って、ん? これ、性格に関するヒントじゃないか?


 どれだけ思考を巡らせようとも、時間は止まってくれないわけで、二回目のノックが聞こえる。


「どうぞ――」


 声を掛けると、扉は勢いよく開き、勢いよく彼女が入ってくる。


「大丈夫なの?」

「ああ」

「本当に?」

「うん」


 慌てて入ってきた割に、彼女は冷静だった。


「よ、良かった……」


 心底安心したような様子で言う。


「久しぶりのデートが終わって解散した後に事故に遭ったって聞いたから……」

「そうなんだ」


 やはり、彼女は心優しい人らしい。


「記憶に障害が出るかもしれないって聞いたから良かった……」

「…………」

「ってあれ? さっきなんて――『そうなんだ』? 人ごとみたい……。もしかして……」

「違う違う! そうじゃないから」


 ゆ、油断していた!!


「そう……それなら良かったわ。記憶はちゃんとあるのね。ってことは、事故に遭う前、私たちが何をしてたか覚えてる?」


 覚えてますとも! さっき、あなたの口から聞きました!


「デートしてたよな。久しぶりのデートだったからよく覚えてるよ」


 声が震えていないか心配だった。


「そうそう! だよね! 良かった……記憶に異常がないみたいで。本当に心配したんだよ」


 俺はそんな彼女を見て、心に誓った。

 この人を、彼女だったというこの女性を全力で守ると。

 彼女を悲しませない。絶対に。

 そのためには、どんな嘘だって厭わない、と。


 彼女に真実を知られるわけにはいかない。

 大丈夫。彼女なら、彼女の気が付かないうちにヒントをくれるだろう。

 何があっても、嘘で乗り切れるという、根拠なき自信が湧いてくる。




ひろしさん」


 俺は看護師と思われる人に名前を呼ばれる。

 やっとだ。やっと名前が分かった。

 次は名字!


「予定より少し早いですが、検査がありますので」

「そうでしたね。すみません。そういえば、今日はほんの少ししか面会できないって言っていましたね」

「明日以降、彼女さんとはゆっくり話して、いきましょう。これから、記憶に関する検査がありますので、ついてきてください。先ほどより精密な検査でを調べますので……」

「ん?」

「あ……」


 早速バレるなんて聞いてないんですけど!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

三分以内に記憶を取り戻さなければいけない【KAC2024】 あるふぁ @Alpha3_5_7

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ