【KAC2024①】食材調達は3分で。サンドバッグを添えて。

一式鍵

キャストタイムは三分間

 アケミには三分以内にやらなければならないことがあった。


 三分……というのは短いようで意外と長い。秒数にして百八十秒だし、腕立て伏せも百回できるかもしれない。そして今の俺の状況においては、三分もあれば心臓は三百回くらいはサクッと動くだろう。正直言って、俺はかなり限界を感じている。どう考えてもあと三分もてばいい状況だ。だから三分以内にどうにかしてもらわなければ困るのだ。


 振り慣れた長剣バスタードソードの重量は数倍にでもなっているかのようだったし、扱い慣れた超大型盾タワーシールドも地面にくっついてしまってるのかというほどに取り回せなくなっている。完全重甲冑ヘヴィ・アーマーもいちいち重たい。とにかく全身が重たくて仕方ない。息も上がっている。文字通り体力の限界だ。


 で、俺たちが今何をしているのかと言うと――との戦闘中だ。


「アケミ、まだかよ!」


 パーティメンバーの一人、ゴウが怒鳴る。彼は短気な五分刈りアタッカーであるが、肝心の武器が底をついていた。保有していた長剣も斧も短剣も巨獣に歯が立たず、今や売値もつかないガラクタと成り果てていた。よって今は完全に見物人Aのポジションである。いや、そんな呑気な状況ではないはずなのだが。


 巨獣というのはこの世界の人々を悩ませる巨大な獣――俺の常識で言えば恐竜とかドラゴンとか、そういう姿をしていることが多い連中のことだ。この世界では天変地異の具象化としておそれられている。


 今、俺たちの前で大暴れをしているのは、ステゴザウルスのような姿形をしている。ただし、ギザギザの歯を持つ、完全なる肉食系だ。


 俺たちはこの世界にやってきてから丸三年、巨獣を何体も倒してきた。アケミとゴウ、あとヒーラーのテツは俺の幼馴染おさななじみだ。高校の修学旅行でなんだかひどい事故にあったところまでは覚えているのだが、気が付いたら四人でこんな謎の異世界ファンタジーの世界にやってきていたという話だ。ちなみに魔法の能力とか剣技とかはこの世界に来た時に身に付いていた。何と都合の良い話だろう。


「テツ、疲労回復してくれ」

「もう無理っス……」


 テツはこの世界に来てから目に見えて太った。この世界の食べものは俺たちにはなかなかハードルの高いものばかりだったのだが、テツは違った。ありとあらゆる食材をいかに美味しく頂くかに心血を注ぐようになった。元々料理男子にして学業も優秀な男だったのだが、この異世界に刺激された好奇心と飽くなき探究心が、彼の肉体を(文字通り)大きくしていったのだ。


 いや、そんなことは今はいい。アタッカー不在、ヒーラー脱落、そしてアケミはひたすら集中。言い忘れていたが、アケミはソーサラー、いわゆる魔法使いだ。俺は見ての通りの重装備で、タンクとか言われているポジションだ。


「ゴウもテツもおとりくらいにはなるだろ!」

「お前ほど頑丈じゃないの、俺たちは」


 ゴウが地面の石ころを投げながら言う。時速百五十キロにも迫ろうかというスピードではあっても、石ころじゃ巨獣への嫌がらせにもならない。テツに至ってはフゥフゥ言いながらアケミの後ろにへたり込んでいる。


「まだかよ、アケミ!」


 ゴウの催促。


 しかしまだ三分経たないのかよ!


 俺のタイマーはとっくに点滅している。


 三分――ゴウの武器が品切れになる寸前に、アケミは「三分間待ってよね!」と何故か自信にみなぎった声で言ってのけたのだ。それが何を目論んだものなのかを尋ねる暇はなかったし、アケミはすぐに深い集中状態に入ってしまったからどのみち答えられなかっただろう。


 しかし、こんな状況を打開できるような魔法なんて習得していただろうか、アケミは。


 彼女はどちらかというと、その派手めで活動的な容姿に似合わぬ地味系魔法の使い手だ。火球とか雷撃とか、そういう系統ではない。


「アケミ!」

「うるさぁい!」


 ゴウの声にアケミが目を開けた――気がするが、俺は背中を向けているからわからない。


 で、何が出るんだ?


 俺はどことなくワクワクしつつ、巨獣の突進を避ける。盾も鎧もあったものではないのだ。だが、身軽になろうと装備を捨てると巨獣の謎の投射攻撃の餌食になる。何を飛ばしているかはともかく、生身で食らったらやばいやつだ。もうすでに盾も鎧もボコボコになっていることからもそれは明らかだ。


「三分ってなんだったんスかね」


 結構離れた位置にいるテツの呟きがイヤにハッキリ聞こえた。というより、風の音だけでなく、巨獣の咆哮や足音までもが消え去っていた。俺たち自身の呼吸音くらいしか聞こえてこない。アケミの魔法か? いや、しかし、巨獣は今まさに俺に突進しようとしている。ひるんだ様子はない。爆発とか閃光が生じたわけでもない。


「音が消えた?」


 ゴウの声に戸惑いがある。


 しかし、ぼやいている場合でも戸惑っている場合でもないのが、絶賛大ピンチ中のこの俺だ。


 巨獣が助走をつけて飛びかかってきたのだ。全高、ざっくり俺の二倍。尻尾まで含めると十メートルはある。戦車を間近で見たことがあるが、この巨獣の迫力はほとんどそれだ。その三本の角で俺を粉砕しようとしている。今までの攻撃は遊びだったと言わんばかりのスピードだ。スタンピードとでも言うべきか。


 とてもけられない。


 そもそもタンクである俺に回避など期待してはいけないのだ。ゴウに武器を渡して見物していたほうがよかったかもしれない――などと、いまさらのように思う。


「もう限界だ!」


 やぶれかぶれに叫ぶ俺。こんなのが俺の最期の言葉テスタメントになろうとは。


 だが、俺を粉砕するであろう一撃は訪れなかった。


 思わず閉じてしまったまぶたを苦労してこじ開けると、目の前、ほんの数センチのところに巨獣が倒れていた。


「何が起きた?」


 ゴウが俺の肩越しに巨獣を伺う。


「こいつ、食べられそうっスね」


 テツが自分の大きなカバンを持って近付いてきた。その中にはが一式収められている。


「そいつまだ死んでないわよ」


 俺たちから距離を取りながら、アケミが言う。ゴウはぎょっとした顔をしてアケミの方に逃げた。俺とテツは巨獣の前に取り残される。テツを見れば巨大なナイフを取り出している。


「何するつもりだ」

「何って血抜きっスよ」

食う……のか?」


 どう考えても……いや、この世界の食い物はだいたいがゲテモノだ。いまさら驚くことではないかもしれない。実際、元の世界でもヒグマとかワニとか食う人がいたことだし。確かに「臭い」と言われるクマ肉でも、ちゃんと処理すればかなり美味いという噂もあった。


「アケミ、どういう状態なんだ、これ」

「強力な眠りの魔法。周囲の音を圧縮して脳に直接流し込んだの」

「それ、眠りというより気絶では」

「そーとも言う。でも三分持たないと思う」

「じゃ、その前にっスね」


 テツが嬉々として巨獣の喉元に移動する。初めて見る獲物なのに、テツの動きに迷いがない。何なのこの食材ハンター。


「で、アケミ」

「へい」

「これ、三分もかかる魔法だったのか?」

「周囲の音を全部かき集めるのに三分ってのは相当優秀だと思うけど?」

「魔法のことはわからんて」

「なら文句言わない」


 ピシャリと言われてしまう俺。俺の視線の先には、アケミの後ろに隠れているゴウがいる。ソーサラーを盾にするとは、アタッカーの名折れだろう。


「しかし体力も気力も武装も限界だぜ」

「武装は巨獣退治の報酬で新調できるでしょ」

「ま、まぁ。でも本当に危なかったぞ」

「結果として勝ったんだからいいじゃない。ゴウみたいになるよ」


 アケミは唇を尖らせる。なんとなく釈然としないが、アケミの言うことは間違えてはいない。ゴウが自分の五分刈りを撫でつつ不満そうな表情をしていたが、弁護はしてやらない。


 俺は下草を三度ばかり爪先で潰してから、テツの方を見た。テツは俺にナイフを持った右手を振ってみせる。


「いまから血抜きしまっス。血液に毒がある可能性もあるから慎重にやるっス」


 テツは完全に動きを止めている巨獣の喉にナイフを突き刺した。身体の下面は皮膚が柔らかいのか、それともテツの職人芸がそれを可能としたのかはわからない。だが、その大振りのナイフは、確実に巨獣に致命傷を与えた。血液が滝のように噴き出したのだ。テツはその巨体にも関わらず、軽やかな動きでそれを避けた。さっき「もう無理っス」と言っていたのは何だったのか。


 巨獣は一瞬目を開けたが、すぐに白目を剥いて絶命した。


「なぁ、テツ」

「なんスか?」

「おまえ、アタッカーやったら?」

「イヤっすよ。手に怪我でもしたら料理できなくなるじゃないっスか。戦うなら蹴り技オンリーっスね。やらないっスけど」


 テツは譲れない想いを俺にぶつけてくる。アケミが「はいはい」と肩をすくめた。


「さっさと解体しちゃってよ。魔導領域に保管スペース作っとくから」

「了解っス。とりあえず今夜の分は取り分けておくっス」


 食べる気満々のテツである。俺は未だに巨獣の肉に慣れない。だが、アケミもゴウも、今やテツに感化されつつある。そういえばふたりとも、この世界に来てちょっと全体的に――。


「何見てんのよ」


 アケミは腰に手を当てて胸を張る。胸はすばらしい。が、全体的にむっちり――。


「テツの料理が美味しすぎるのが悪いのよ」

「お褒めに預かり光栄っス、アケミさん」


 そう言いながら、テツはものすごい速度で巨獣を解体していく。テツの荷物のほとんどは解体道具だ。食料は現地調達――が、最近の俺たちにとってはすっかり定番セオリーになってしまった。


「そうだ」

「何よ」

「次は巨獣に出会ったら一発目にアレ使ってくれよ」

「イヤ」

「なんで」

「無防備になるからイヤなの。わかる? 敵の前での無防備状態ってめちゃめちゃ怖いんだよ。何か飛んできても逃げられないし」

「三分間耐えればいいなら俺が守る」


 俺が言うと、巨獣の向こうから「熱いっスねぇ!」と声が上がる。ゴウはといえば仏頂面で俺たちから離れてテツの所にブラブラと歩いていった。


「おっかない中、集中するのも大変だし」

「俺はタンクだぜ。敵を引き付けるのは得意分野だ」

「信用できるのかなぁ」

「今回ちゃんとできただろ」

「ふーん」


 アケミは目を細めた。


「わかった」


 俺たちは必然的に見つめ合うことになった。が、俺はすぐに目を逸らした。幼馴染にして悪友とはいえ、そっちの方向で意識しないこともないのだ、正直言って。


 そんな俺の気を知ってか知らずか、アケミは俺の右肩装甲をポンポンと叩いた。


「あんたが毎回三分間、サンドバッグになってくれるなら」


 ――これが新たな対巨獣戦術が確立した瞬間だった。


 その夜、俺たちは巨獣の肉尽くしの料理をたらふく食べたのだった。テツの腕なのか、食材の元々の味なのかはともかく、俺の知っている焼肉(ちょっと高いやつ)に良く似た味だった。


 懐かしささえ覚える味に、俺は元の世界を少しだけ思い出した。

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