第4章 ルイスは告白する

第81話 五年前のルイス

 私は「嘘つき」とルイスに言った。


「……何が?」

「とぼけないで。私、孤児院が五年前に火事で無くなっているって知っているんだから」

「……」


 ルイスは私が核心を突くまで、とぼけていた。

 私から視線を逸らし、長いため息と共に自身の黒髪をわしわしと乱暴に掻いた。

 

「全部、知ってるんだな」

「ええ」

「……クラッセル子爵か?」

「いいえ。二人とも、トキゴウ村の孤児院の話になると、私を除け者にするから図書館に行って調べたの」

「そっか……」


 ルイスは、どうやって知ったのか尋ねてきた。

 可能性があるのはクラッセル子爵。彼はとっかかりを与えてくれただけ。

 本当はグレンの魔法を使って、二人の会話を盗み聞きしていた、なんて言えないし、話しても理解してくれないだろう。


「ああ、そうだ。お前の言う通り、俺を除いた孤児院の皆は……、火事で全員死んだ」

「あの事件で生き残ったのは……、あなただけなの?」

「そうだ。生き残ったのは俺とロザリー、お前だけだ」


 ルイスは私に事実を突きつける。

 記事とは事実が違っていたから、ルイスの他にも生存者がいるかもしれない。

 そう期待していたけど、生き残ったのは私とルイスだけ。

 

「トキゴウ村の事件のことを知って、俺を呼びだしたってことは……」

「ええ。事件のこと、私にも話してほしいの」

「……わかった」


 事件のこと、もっと知りたい。

 辛く、悲しい出来事だけど、知らないふりはしたくない。

 私はルイスの顔をまっすぐと見つめ、事件の事を教えてほしいと頼んだ。


「長い話になる。立ち話もなんだから、喫茶店で話そうぜ」

「うん」


 ルイスは私の腕を掴み、手を握る。


「ちょっと」

「……頼む」


 突然手を握られ、私はルイスに抗議した。

 抗議したものの、繋いだルイスの手が震えているのを感じた。

 ルイスも私と同様、怖いのだ。

 当時のことを思いだし、人に話すのがどれだけ辛いか。


「今日は特別よ」

「ありがと」


 私はルイスの手に指を絡め、ぎゅっと握った。

 今だけは、ルイスの我儘も許してあげよう。

 二人で手を繋いで歩き、喫茶店に座った。

 それぞれ飲み物を頼んだところで、ルイスが五年前の出来事を語る。



 五年前、俺、ルイスはトキゴウ村の孤児院に暮らしていた。

 俺は赤子の頃から孤児院に世話になっている。

 だから両親は知らない。

 けれど、孤児院の人や神父、トキゴウ村の人たちが俺の親で、孤児院で暮らす子供が俺の兄、姉、弟、妹のようなもので、本当の両親に会いたいとか思うことはなかった。


「あーあ、ロザリーみてえに貴族の家に拾われたかったなあ」


 俺は孤児院を出て、トキゴウ村の農作業を手伝っている最中にぼやいた。

 週に二回、九歳になると食料や衣服を提供してくれる村の人たちの手伝いをするのが孤児院の決まりになっている。

 ロザリーがクラッセル子爵とかいう貴族に拾われて二か月。

 金持ちの家に使用人ではなく、養子として拾われたロザリーはさぞ豪華な暮らしをしているのだろうと、羨ましくて仕方がなかった。

 綺麗な服を着て、ご馳走を食べて、フカフカなベッドで眠る。

 それが毎日続くなんて。

 しかも、身体を動かしたり頭を使わずともその生活が手に入るなど、夢のようだ。


「おい、またルイスがロザリーちゃんのことを口にしてるぜ」

「いつものことじゃねえか」


 独り言を呟いたつもりなのに、傍にいた村人の男たちに聞かれてしまった。 

 俺ははっとし、傍にいた彼らに怒る。


「俺はロザリーじゃなくて、貴族の家に行きたかったんだ!! そうすれば、こんな泥臭い作業から解放されるだろ」

「ルイスはいいとこの家で働きたいって勉強頑張ってるからなあ」

「俺の子供たちも見習ってほしいもんだ」

「んだな」


 俺の抗議も相手にしない。

 彼らは嫌味も子供のいうことだと笑い飛ばしていた。


「お金を稼ぎたいのも、ロザリーちゃんをお嫁さんにするためだろ?」

「ち、ちげーよ!! なんでロザリーの話が出てくるんだよ」

「おじさんたちはなんでも知ってるんだぞ。お前が嫁のおっぱい吸ってた時から観てるんだからな」

「っ!?」


 村人が俺を言い負かす常とう句として、赤子の頃の話題を出してくる。

 当時、赤子だった俺は村人総出で育てられた。

 話に聞くと、様々な家庭の母乳を吸い、おしめを替えてもらっていたらしい。

 他の孤児とは別の育てられかたをされ、村人たちにとって俺は家の子供の一人だと思われている。

 そのことを話題に出されると、俺はとても恥ずかしく、顔が真っ赤になってしまう。


「ロザリーちゃんが昼飯を持ってくるときのお前、すんごい嬉しそうな顔してたしな」

「飯が嬉しいだけで、ロザリーが来たからじゃ――」

「俺の嫁さんが来た時と、全然反応違うんだよな」

「……」


 事実、俺はロザリーのことが好きだった。

 宿題のことについて口を出したり、絵本を取り上げたのも、俺に関心を持ってほしかったから。興味を持ってほしかったからだ。

 人形のように綺麗で時折笑う姿がとても可愛かった。

 将来、ロザリーと結婚したい。

 その気持ちが強く、将来ロザリーをお嫁さんにしたらという”未来日記”まで書いていた。

 それくらい俺はロザリーが大好きだった。


「ロザリー、どうして貴族の家に行っちまったんだよ」


 俺は二か月間、クラッセル子爵家の子供、マリアンヌを心底憎んでいた。

 今でもあの日の事を思い出すと涙が出てしまう。

 現に、村の男たちの前でおんおんと泣いている。


「ロザリーちゃんに会いたいなら、いっぱい勉強して村を出ねえとな」

「クラッセル領で働いたらいい」

「俺、そこでロザリーに会えるかな」

「ああ。あの領の領主はなぜか知らんが、この村を気にかけている。賢くて丈夫な子供なら、仕事先も斡旋してくれるさ」

「……ほんとう?」


 村人たちは俺を励ましてくれた。

 賢くて丈夫な子供なら、トキゴウ村を出てロザリーが拾われた貴族の領地で働ける。

 ロザリーに会えると。


「そうなるために、神父さまから勉強を教わって、俺たちの仕事を沢山手伝うんだぞ」

「うん! 俺、おっちゃんたちの仕事、いっぱい手伝う!!」  


 今となって思い出せば、俺は村のおじさんたちにいいように言いくるめられていた気がする。

 けど、当時のガキだった俺にはその生き方しかなかった。

 

 

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