第82話 燃える孤児院

 今日は農作業が予定よりも長引いている。

 天候が不安定で、雨が降ったり止んだりを繰り返しているからだ。

 それでも作業を続けているのは、収穫しないと作物が大きくなりすぎ、割れてしまう可能性があるから。そうなってしまっては売値が下がり、価値が落ちてしまう。

 その収穫作業も一段落つき、俺は空を見上げる。

 日が暮れ、そろそろ孤児院へ帰らないといけない時刻だ。


「今日は遅くなっちまったな……」

「ルイス、農具の片付けと野菜はこっちでしまっておくから、お前は孤児院に帰れ」

「ありがとう。また、明日手伝いに来る」


 村人の一人にそう言われ、俺はその通りにすることにした。

 使っていた農具を彼に預け、俺は孤児院への道を走る。

 曇り空で、またいつ雨が降るか分からない。

 それに日が完全に沈めば、魔物の活動が活発になり襲われる危険性がある。


「はあはあ……」


 あとは目の前の坂を登るだけ。

 俺はそこで足を止め、息切れしている呼吸を整えた。

 そして、坂をゆっくりと登る。

 そこで農作業で蓄積された疲労が身体にズシッとのしかかる。これはぐっすり眠れそうだ。

 

(体を動かしてると、ロザリーが夢に出てこなくていいし……)


 ぐっすり眠れば、夢にロザリーは出てこない。

 目覚めてすぐ悲しい気持ちにならなくて済む。

 

(来年、俺はクラッセル領で仕事を見つけて、ロザリーに会うんだ)


 村人たちも言っていた。

 神父に勉強を沢山教わり、農作業を沢山手伝っていれば、自分の夢は叶うと。


(ロザリーに会ったら……、素直に気持ちを伝えよう)


 俺の頭は将来のことと、ロザリーの事で頭がいっぱいだった。帰り道はいつもそう。

 孤児院へ戻ればそれは無くなる。年下の世話で気が紛れるからだろう。


「……え?」


 でも、今日は違った。

 まず焦げた臭いがした。

 何かが燃えている。山火事だろうか。

 そう思った俺は、臭いがする方へ顔を向けた。


「孤児院の方角だ……」


 煙は孤児院の方角に上がっていた。

 嫌な予感がする。

 俺は村に戻らず、煙の方角へ向かった。

 近づくと焦げた臭いはどんどん強くなり、カチカチと何かが燃えている音がした。温度も熱くなってゆき、額に汗が流れる。


「っ!?」


 そこで俺が目にしたのは孤児院が燃えている光景だった。

 俺が着いた頃には、建物内には入れないほどに燃え盛っていた。


「燃えてる……」


 悪い予感は当たった。

 俺は自分が暮らしていた場所が燃えてゆく光景をただ見ていた。

 火は燃え上がり、近くにある木々に飛び火しそうだった。

 ここに残っているのは危ない。

 我に返ったのは、そう感じた時だった。


「おい! 皆、無事か!?」


 次に思ったのは、この火事で生存者がいるかだ。

 俺は周囲を歩いた。

 だが、誰にも会うことはなかった。


「え……」


 そこで俺は何かに足を引っ掛け、その場に転んだ。

 後ろを振り向き、俺は"それ"を目にした。

 炎に照らされ、俺の目に映ったのはーー。


「あああああ!!!」


 首を刃物で割かれ、絶命している子供の遺体だった。そして、それは俺と共に孤児院で暮らしていた少年のものだった。

 俺はそれを目にして悲鳴をあげた。

 死んでる。

 朝まで元気に庭を走り回っていた子が、死んでいる。

 

「え? なんで……」


 どうしてこいつは死んでいるんだ?

 ここに血が飛び散っているんだ?

 刃物で首を割かれーー。

 俺の思考はここで止まった。


「っ!?」


 視線を少し動かすと、似たような状態で死んでいる子どもたちの遺体が横たわっていたからだ。 

 胸、腹、首。

 その内、一人の少女は首が無く、身体だけが横たわっていた。


「ーーーーっ!!」


 それらをすべて目にした俺は、声にならない叫びをあげた。

 孤児院での記憶はここで、途切れている。

 当時の俺が自分の精神を守るために強制的に記憶を遮断したのだろう。


 次に覚えているのは、見知らぬ豪華な部屋のベッドに横たわっていたことだ。

 


 

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