第80話 悲惨な事件
私は見出しの記事の内容を見て、持つ手が震えた。
早まる呼吸を整え、本文を読む。
事件当日の夜、トキゴウ村の孤児院の方角に火柱が立つ。
村人が様子を見に行くと、孤児院が燃えており、住民総出で消化活動を行ったという。
火は消えたものの、孤児院を管理していた役人、そこに住んでいた子供たちは火災に巻き込まれ、生存者は〇だった。
「あ、ああ……」
「ロザリー、しっかりしろ!!」
「皆、もう……、いないんだ」
私は事実を知ると、その場に膝をついた。
共に暮らしていた子供たちはもう、いない。
声に出すと、悲しみが込み上げて瞳から涙がポロポロと流れ落ちた。
私の異変を見て、グレンは作業を止めて近づいてくる。
「これが、クラッセルさんとルイスが秘密にしたかったこと」
グレンは私が持っていた記事を取り、それを読んだ。
事情を知ると、私を立ち上がらせ、ベンチに座らせてくれた。
「お前はここで待ってろ」
「うん」
「飲み物はいるか? あ、ここ図書館だから飲食禁止だっけ」
「心配してくれてありがとう」
私が気持ちを落ち着けている間に、グレンはその場を片付け、手続きを済ませた。
「気分はどうだ?」
「ごめんなさい、まだ気持ちの整理がつかないわ」
「……とにかく、ここから出よう」
私はグレンの提案に頷き、彼と一緒に図書館を出た。
うまく歩けず、グレンに身体を支えてもらいながら足を動かす。
その後、グレンはテラス席のある喫茶店を見つけ、開いている席に私を座らせ、適当な飲み物を買ってきてくれた。
何か冷たいものを口に入れたのだが、味が全く分からない。
「お前、顔が真っ青だぞ」
向かいの席に座ったグレンは、私の表情を見てそう言った。
「私、短い間しかいなかったけど、年長だったから年下の子供たちの面倒をよく見ていたの」
「うん」
「小さい子は六歳でね、五年経ってたら十一歳」
「……うん」
「トキゴウ村とか、近くの街とかこの街で働いていたはずなの」
私は胸の内をグレンに吐き出す。
グレンは私の話にただ相槌を打っていた。
当時、私と一緒にいた孤児院の子供たちは、生きて成長していたら、どこかで働いているはず。
孤児院に手紙を送れば、彼らの行く先も分かると思ったのに。
手紙を出す先が存在しないなんて、誰が予想できたか。
「それなのに……、皆、五年前に亡くなっているだなんて」
「ロザリー、あのな」
全て聞き終えたグレンが重い口をひらく。
「クラッセルさんとルイスが隠したかった理由、もう、分かったよな?」
「ええ。二人は知らない方が幸せだと思っていたからよね」
「そうだと、思う」
悲しい。
とても悲しい。
こんな悲しい思いをするなら、図書館に行かなければよかった。
クラッセル子爵の警告を疑問に思わず、ただ受け入れていればよかった。
私は悲惨な事件を知ってしまい、自分の行動を後悔している。
「やっぱさ、記事の文面を読むだけでも大事件だと思うぜ。そこで育ったロザリーやクラッセル子爵ならより感情も入るだろうさ」
「……」
「今は、泣いたっていい。悲しんだっていい」
「うん……」
「『生存者〇』って書かれてたけどよ、あれ、嘘だったよな」
「え?」
「だってルイスがお前の前に現れたじゃんか」
「あっ……」
グレンは私を励ますつもりで、ルイスの事を話題に出した。
そう。あの記事には『生存者〇』と書かれていた。
けれど、ルイスは生きている。あの悲惨な事件から生存しているのだ。
私はグレンの言葉でその事実に気づいた。
「もしかしたら、あいつの他に生存者がいるかもしれないぜ」
「そう、そうよねっ! だって、ルイスは生きていたんだもの!!」
ルイスが生還していたのだ。
他の子供たちも、もしかしたら――。
悲しみの底にいた私の胸に希望の光がともる。
「グレン、気づかせてくれてありがとう」
「まあ、この先は一度、ルイスに会ってみないと分からねえ」
「ええ。手紙の返信が来たら、会う約束を取り付けてみる」
「……それが悪い答えだったとしても、今度はしっかり受け止めろよ」
「うん」
グレンが傍にいてよかった。
私は飲み物を飲みながら、そう思った。
冷たい果実水の甘い味。二口目は飲み物を味わうことが出来た。
☆
トキゴウ村の孤児院で起こった悲惨な事件を私が知ってから、数日後。
私は噴水広場にて、再びルイスと対面する。
「お前から呼び出すなんて、思わなかったぜ」
「……孤児院の子たちは元気?」
私は軽口をいうルイスを相手にせず、本題を告げた。
ルイスは私の真摯な表情をみて、冗談で切り抜けられないことを悟ったのだろう。いつもより低い声で、私の質問に答えた。
「ああ。元気だぜ」
ルイスは平然と嘘をつく。
私は間を置いて、この先にされるだろうルイスの話を受け入れる覚悟をし、彼に告げた。
「嘘つき」と。
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