第79話 秘密のお出かけ

 朝になり、私たちは客人であるルイスを見送った。


「お父様、私、街に買い物をしたいの」

「……だめだ」


 ルイスが乗った馬車が見えなくなった。

 見送りが終わったところで、マリアンヌがクラッセル子爵に話しかけた。

 屋敷から街へ出掛けたいとお願いするも、マリアンヌは外出禁止令を出されている。

 クラッセル子爵はマリアンヌのお願いを却下した。


「でしたら、ロザリーにお使いを頼むのは?」

「買いたいのであれば、メイドに頼めばいいだろう。わざわざロザリーに頼まなければいけないことなのかい?」

「はい。本が欲しいのですが、題名が分からなくて」

「……それならロザリー、娘のお使いを頼む」

「ありがとうございます」


 断られてもマリアンヌは食い下がる。

 メイドに頼めばいいだろうと言われても、私にしか出来ないことだと告げて。

 それを聞いたクラッセル子爵はため息と共に、私に頼みごとをした。


「一人でお使いに行くのは心細いです」

「そうだね……、だったらグレン君を連れてゆくといい」

「あ、はい! ロザリーについてゆきます!!」

「今回は特別だ。もし、ロザリーに何かあったら……、分かっているね?」

「全力で、ロザリーさんをお守りします!」


 街へ出掛ける時は、いつもマリアンヌと一緒だった。

 けれど、マリアンヌは外出禁止令になっており、屋敷から出られない。

 私は一人で買い物へ行くのが心細いとクラッセル子爵に告げた。

 すると、クラッセル子爵はグレンと同行するように勧める。


(やったわ)


 私は上手くことが進み、心の中で喜ぶ。

 この話は昨日、グレンの部屋で考えたものだ。

 クラッセル子爵はグレンのピアノの音色を聞いてから、彼に甘い。

 だから、お使いの同行者にしてくれるのではないかと思い、今回の作戦を実行した。 

 これで、グレンと共に街へ出掛けられる。


「買い物であれば、課題曲の練習は夕方に変更するかい?」

「その……、お義父さまのご予定に負担が無ければ、指導時間の変更、お願いします」

「幸い、昼頃に一人指導があるだけで、今日はいつもより予定が開いているんだ」

「そうだったのですね」


 練習も朝から夕方に変更された。


「支度が出来たら、従者に声をかけるといい。僕はルイスが乗っていた馬車を使うから」

「はい」


 そう言って、クラッセル子爵は屋敷に戻っていった。


「うまくいったわね!!」

「はあ~、やっぱ、クラッセルさんこええな」


 クラッセル子爵がいなくなり、マリアンヌとグレンは作戦が成功したことを喜んだ。


「はい。私とグレンはすぐに出掛けたいと思います。本は流行りの恋愛小説を買ってきます」

「ええ。ここで待っているわ」

「……にしても、クラッセルさん、用心深いな」

「え? どうしてですか」

「二人とも気づいてねえのかよ」


 グレンがクラッセル子爵について呟く。

 いつものことだと思っていたから、私もマリアンヌも気にもしなかった。

 グレンは私たちの反応を見て、青ざめた表情を浮かべる。


「練習の時間を夕方に変更したのは、その時間までに帰って来いよって意味だぞ」

「それの何が怖いの?」

「……悪い、俺が悪かった。つまりは、寄り道するなって意味だ」


 私はグレンの発言の意図が分からず、首を傾げた。

 グレンは何かに気づいたのか、すぐに言葉を濁した。


「グレン、ロザリーをお願いね」


 マリアンヌはグレンに笑みを浮かべる。


「この屋敷で居候したいなら、ロザリーと”寄り道”しようなんて考えないことね」

「……親子そろって怖いな」


 笑みを浮かべているものの、声に感情がこもっていない。

 父親であるクラッセル子爵と似たような怒り方をしている。

 グレンはマリアンヌの脅しに震えあがっていた。


「グレン、私はすぐに出掛けたいけど、準備はいい?」

「おう」

「二人とも、行ってらっしゃい」


 私とグレンは街の図書館へ向かう。

 クラッセル子爵とルイスがひた隠しにしている、トキゴウ村の孤児院で起こった悲惨な事件の真相を掴むために。



 私とグレンは街へ向かうと、すぐに図書館へ向かった。

 五年分の記事を取り寄せ、私とグレンはすぐにそれらの資料から手がかりを探す。

 トキゴウ村、孤児院――。

 私は二つの単語を頭に浮かべながら、記事の内容に目を通す。

 一目見れば、内容を一瞬で記憶できる。

 その特技のおかげか、グレンよりも多くの記事に目を通すことが出来た。


「あった」


 作業を始めて数時間後、私は目当てのものを見つけた。

 事件は、私がクラッセル家の養女として拾われてから二か月後に起こっていた。


「『トキゴウ村の孤児院にて大火災発生。生存者〇』」


 私はその記事の大見出しを目にして、息を呑んだ。

 

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