第78話 やきもちをやく

 部屋を訪ねてきたのはルイスだった。

 私たちの場所はメイドから聞いたのだろう。


「お義父さまのお話、終わったの?」

「まあ、な」

「今日は我が家に泊まるのでしょう? 夕食の間まで四人で遊びましょう!」


 マリアンヌが提案すると、ルイスは頷いた。

 

「あのさ、お前とロザリーは知ってるけど……、そいつ誰だ?」


 ルイスはグレンをじっと見ていた。

 視線は鋭く、初対面に送るものではない気がする。


「この人はグレン。お姉さまが通っている学校の同級生よ」

「……ふーん」

「あなた、初対面の人を”そいつ”と呼ぶのは失礼じゃないの? 士官学校には礼儀というものが無いのかしら」

「お前こそ、男の部屋で寛いでいるのはどうかと思うぜ。隙が多すぎるからクラッセルさんの警戒心が強くなるんじゃねえのか?」


 私はきっとルイスを睨む。

 売り言葉に買い言葉。

 仲直りしたものの、私たちは出会うたびに口喧嘩をする。


「だめよルイス、グレンにやきもちをやいちゃ」

「なっ、何言ってんだっ!?」

「ふふっ。ルイスは分かりやすいわね」

「お姉さま、何を仰っているのですか?」


 対峙する私とルイスの間にマリアンヌが割り込む。

 マリアンヌは場を和ませるためにルイスに冗談を言った。

 それにルイスは戸惑い、そっぽ向く。


「……ああ、そゆこと」


 私たちのやり取りを見て、何かを察したグレンはぼそっと呟いた。

 グレンはマリアンヌの傍に寄り、彼女に耳打ちをする。

 マリアンヌはグレンを見て「そうなの」と呟き、笑った。


「ルイスさん……、いや、俺もルイスって呼んでいい?」

「好きに呼べよ」

「俺はグレン。ロザリーが紹介した通り、マリアンヌの同級生だ」

「……なんでお前、この屋敷にいるんだよ」

「実家の都合で……、ちょっとな」


 グレンはルイスに自己紹介をし、握手を求めるもルイスはそれを無視した。

 発言からして、グレンがこの屋敷で居候していることが気に入らないらしい。

 ルイスの失礼な態度にも屈さず、グレンはルイスの肩に腕を回し、私とマリアンヌに背を向けてコソコソと二人で話し始めた。


「あの、グレンは何をーー」

「仲良しになるための、秘密のお話よ」

「お姉様は何か知っていそうな口ぶりですが……」


 私は二人に近づこうとするも、マリアンヌに止められる。二人の会話の内容がなにか、彼女には分かっているらしい。

 知っているのであれば、と私はマリアンヌに尋ねる。しかし、彼女は首を横にふった。


「私の口からは言えないわ」

「……なんですか、それ」

「いつか、あなたにも分かるから。それまで待っていて」


 今にでも知りたいが、マリアンヌは教えてくれないだろう。

 少しして、グレンとルイスの会話が終わった。

 それが終わると、二人は握手を交わし仲良くなった。先程の会話はマリアンヌの言う通り"仲良しになるための秘密のお話"だったようだ。


「じゃ、庭に行こうぜ!」

「まあ、もしかしてまたカルスーン王国の魔法を見せてくれるのかしら!?」

「そそ。マリアンヌ、今回は見てるだけにしてくれよな」


 グレンは庭に出ようと私たちに提案した。

 マリアンヌはまた魔法が見られると大喜び。その様子にグレンは質問攻めにするのはやめろと彼女に注意した。


「……わかったわ」


 マリアンヌはグレンの発言にすねた。

 その後、私たちは庭園で、グレンに魔法を見せてもらった。

 火薬も無いのに花火が上がったり、何もない場所から鳩やカードが出てきたりと色々な技を披露してもらった。

 この後に教えてもらったのだが、グレンはこの技で日銭を稼いで夏季休暇の暮らしをしのいでいたらしい。確かに、この技であれば視聴者から投げ銭を貰えるだろう。


 時間が経ち、夕食は普段のものと違って豪華な食事が並んだ。

 それらの料理をクラッセル子爵を含む五人で食べる。

 そして夜になり、私たちはそれぞれの部屋で過ごしていた。



 ロザリーはきっと、ベッドで眠っているころね。

 私、マリアンヌはベッドから抜け出し、明かりを持って客間へと向かう。


「ルイス、お話したいことがあるの」


 ルイスのいる部屋のドアをコンコンと叩く。

 何回か叩いていると、ドアが開き、寝巻き姿のルイスが眠たそうな顔をしていた。


「……マリアンヌかよ」

「ロザリーでなくてごめんなさいね」

「そんな格好で俺のとこに来るとか、誘ってんのか?」

「あなたとお話がしたいの。大事なお話」


 私は警戒するルイスを説得する。

 ルイスは顔をしかめ、うーんと唸っていたが、私を部屋に入れてくれた。


「で、話って?」


 私はソファに座り、ルイスはベッドに座った。

 腕を組み、私の話を待つ。

 私はぐっと服を強く掴み、息を深く吸って、ルイスに告げる。


「私、ルイスのことが……、好き!」


 私はルイスに自分の想いを告げる。


「悪い。お前の気持ちには応えられない」


 少ししてルイスから返事がきた。


「ええ。分かっているわ」

「断られるって分かってて、なんでーー」

「私、このお休みが終わったら、結婚するの」

「はあ!? なおさらワケわかんねえ……」


 私がルイスに告白したのは、自分の想いに区切りをつけるため。

 この休暇が終わったら、私はチャールズの元へ嫁ぐ。だから、この屋敷で暮らせるのはこれが最後。

 ルイスに会えるのも今日が最後かもしれない。

 

「私の結婚相手ね、マジル王国の王子様で、メへロディ王国にいるのもあとわずかなの」

「……」

「だからね、お屋敷で暮らすのもこのお休みで終わり。そして貴方とこうやってお話するのは最後」

「抱えてること全部吐き出したかったのか?」

「ええ、そうよ」


 ルイスは私の考えを理解してくれた。


「だからね、ロザリーをお願いね」

「言われなくても、俺はロザリーをーー」

「貴方はその気でも、妹は違うわ」

「……」


 私は屋敷に残していてゆくロザリーが心配だった。

 ロザリーにはルイスのように一途に想ってくれる相手がいい。


「それにお父様に認めて貰うのは大変そうだから、頑張ってね」

「ああ」

「もたもたしてると、グレンにロザリーを取られてしまうかも」

「はあ? あいつ、その気はないって言いながら、ロザリーを狙ってんのか!?」


 ルイスの反応に私はふふっと笑う。

 ロザリーのことになると、周りが見えなくなって面白い。


「お父様が、グレンの事を気に入っているのよ。ロザリーに特別な相手ができなかったら、グレンを婚約者に選ぶと思うわ」

「じゃあ、もたもたしてる時間はないってことだな」


 父がグレンをロザリーの婿にしたいというのは本気だ。

 父はグレンのピアノの音色を気に入っている。祖父であるピストレイのものと似ているからだ。

 ロザリーが学校を卒業し、成人したらその話を進めるだろう。

 残すは一年。その間にルイスはロザリーを恋人にすることはできるのだろうか。


「そういうこと。私は、それを伝えに来たの」

「告白されたのはびびったけど、教えてくれてありがとうな」

「私は……、ルイスとロザリーが幸せになってほしいから。応援しているわ」


 そうルイスに告げて、私は彼の部屋を出た。


(私はその場で二人を祝福することは出来ないのだろうけど……)


 私はとぼとぼと、自分の部屋へ帰った。


 

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