第76話 孤児院の秘密

 盗み聞き。

 グレンの口からそのような提案が出てくるとは思わなかった。

 

「どうやってお父様たちのお話を聞くの? 廊下にはメイドがいるから、隣の部屋に入るのも難しいわよ」


 マリアンヌの言う通り、クラッセル子爵とルイスが会話している部屋の外には、メイドが待機している。用事もなく、隣の部屋に入ろうとすれば注意されるに違いない。


「クラッセル子爵の服に細工しておいた。少しの時間、話を聞くことができるぜ」

「グレン、どうしてそのようなことをしたのですか?」

「……俺と似たような話をしてるのかなって、気になってさ」

「お父様は私たちに近づく男の人をよく思わないの。婚約者と認めるまで、そうだと思うわ」

「こ、婚約者か……」


 グレンには別の方法があるらしい。魔法だろうか。

 私は、何故盗み聞ぎをしようと思ったのか彼に尋ねる。

 理由としては、同年代のルイスとクラッセル子爵の会話の内容が自分のものと同じか気になったらしい。


「マリアンヌはもういるしな」

「過保護なお父様も、そろそろロザリーのお相手を考える頃だと思うわよ」

「なるほど、あの話は――」

「グレン、ぼそぼそ呟いてどうしたの?」

「なんでもねえよ」


 婚約者という言葉にグレンが過剰に反応した。

 彼の言う通り、マリアンヌにはチャールズがいる。

 そして次は私の結婚相手を選ぶことになる。


(学校を卒業したら、誰かとお見合いをすることになるのかしら……)


 学校を卒業するまであと二年。

 その間に、私が誰かと恋仲になるなんて想像もつかない。

 きっと、クラッセル子爵が認めた相手と結婚することになるだろう。


「もしかして、あの男を招いた理由って――」

「まあ! とても素敵なことね」

「……それはないと思います」


 グレンとマリアンヌが私の将来について想像をしているのを遮る。


「二人の会話を聞いてみたら分かることです」

「そうだな! じゃあ、俺の部屋でやろうぜ」

「ロザリーと一緒だったら、お父様も怒らないわよね。行きましょ!!」


 悪いことを、メイドや使用人の目がある広間でやるのはリスクが大きい。

 クラッセル子爵とルイスの会話は、グレンが滞在している部屋で行うことになった。

 グレンの部屋と聞いてマリアンヌの表情が固まるも、入っていい理由を勝手に作り、私の手を引く。

 私たちは初めてグレンの部屋に入る。

 考えてみれば、年頃の男の子の部屋に入るのは生まれて初めてのような気がする。

 客間は二人の客人が数日間滞在するための部屋。

 そのため、収納が少なく、クラッセル邸で洋服や日用品を与えられたグレンの部屋は物で溢れていた。


「まあ、掃除はしているの?」

「……週に一度、メイドがしてくれる。それ以外はやってない」

「三日に一度に増やすべきね! あと、収納するカゴもいくつか用意してもらいましょう」

「それは助かる」


 マリアンヌは部屋の散らかり具合に文句をつけた。

 グレンはそれを聞き流しながら、ポイポイとベッドの上に置いてゆく。


(お姉さまも人の事を言える立場ではないけども……)


 二人の会話を聞きながら、私は現在のマリアンヌの部屋を思い出す。

 この間、夜中にお喋りをしていたとき、彼女の部屋は洋服や靴、帽子や装飾品などで溢れかえっていた。今の状態と似たようなものだと私は思ったが、口には出さなかった。


「えっと、媒体はこれでいっか」


 グレンはクッションを選び、テーブルの上に置いた。

 私とマリアンヌはソファにそれぞれ座り、グレンは物にあふれたベッドの上に座る。


「このクッションに魔法をかける。そうするとこっから声が聞こえるようになる」

「魔法ってなんでもできるのね!!」

「あ、その……、質問は無しな。そういうもんだと思ってくれ」

「お姉さま、疑問に思ったことは後で教えてもらいましょう」

「そうするわ」


 この間のように、長時間グレンに質問しそうな勢いだった。

 『後で教えてもらう』と伝えた事で、マリアンヌの魔法の関心が薄れた。


「こっちの会話は向こうに伝わらねえから。時間はせいぜい五分くらいだな」


 声を殺して聞いている必要はないらしい。

 グレンが盗み聞きする目的が軽いものだったので五分がいい時間だろう。

 

「じゃあ、始めるぞ」


 グレンはクッションに魔法をかける。

 すると、そこからクラッセル子爵とルイスの声が聞こえてきた。



『――二人とは友人関係、なんだね?』

『何度も答えていますが……、いつまで続くんですか? この質問』


 クッションごしに念を押すクラッセル子爵と、飽き飽きしているルイスの会話が聞こえる。

 この会話を聞いて一番に声を出したのはグレンだ。


「ああ~、わかるわあ」


 当時の事を思い出したのか、グレンはルイスに同情していた。

 釘を打つためにわざわざルイスを屋敷まで招待するだろうか。


「お父様……、相変わらずね」


 マリアンヌもグレン同様、やれやれと呆れている。

 それで話が終われば、私の杞憂。

 二人の話が終わってから、四人で雑談をして楽しめばいい。


『望み通り、話題を変えよう』


 クラッセル子爵の口調が変わった。


『何故、今になってロザリーに会おうと思ったのかい?』

『それは――』

『君と出会ったことで、ロザリーがトキゴウ村の孤児院に手紙を書こうとした』

『っ!?』

 

 やはり、ルイスを読みだしたのはトキゴウ村の孤児院の話だ。

 その話題をクラッセル子爵が出すと、ルイスの言葉が詰まった。


「グレン、あと何分聞ける?」

「もう少しだな。途中で途切れるぞ」

「お願い、ギリギリまで繋げて」


 もう少しで私が知りたいことが分かる。

 でも、この会話はあともう少しで途切れてしまう。

 それまでに、どちらかが切り出してくれるだろうか。


『ロザリーには知って欲しくないんだ。君だって僕と同じ気持ちだろう』

『はい。その通りです』

『トキゴウ村の孤児院の凄惨な事件。それをロザリーが知ったらと思うと、胸が苦しいんだ』

『僕は……、あの事件以降、ロザリーに再会することを糧に生きていました』


(孤児院で……、事件ですって!?)


 聞けた。

 クラッセル子爵とルイスが隠していること。

 二人の会話はそこで途切れた。

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