第75話 グレンの提案

 私とグレン、クラッセル子爵は楽器を仕舞い、演奏室を出た。

 ホールでは、マリアンヌがルイスを出迎えている。


「……」

「初めまして、僕はルイスと申します。ロザリーとはトキゴウ村の孤児院で一年間共に生活をしていました」

「君があの――」


 ルイスはまず、邸宅の主であるクラッセル子爵に挨拶をした。

 丁寧な言葉遣いと身のこなしで、いつもの様子とは少し違う。


(きっと、士官学校で礼儀作法を学んだのね)


 私はルイスの変化をそう思うことにした。

 それにしても、クラッセル子爵の口ぶり。まるで、ルイスの事を知っているかのようだ。


(ルイスを知ったのは五年前? いや、あの時は慈善活動に来ただけで覚えてはいないはず)


 五年前、クラッセル子爵とマリアンヌがトキゴウ村の孤児院を訪れたのは、”慈善活動”のため。

 高価で貴族しか扱うことのできない楽器の演奏を私たちに披露するために訪れただけ。

 たまたま、私がマリアンヌと仲良くなってクラッセル家の養女として拾われたのだ。

 それ以降、二人はあそこに訪れていない。


「招待に応じてくれてありがとう。僕の娘”たち”がずいぶんとお世話になったようだね」


 クラッセル子爵がルイスに怖い笑みを浮かべている。

 グレンと初めて会ったときと同様に、私たちに近づく異性として威嚇しているようだ。

 そして『娘”たち”』と強調した直後、マリアンヌがクラッセル子爵から視線を逸らした。


(お姉さま、密室でルイスと二人きりで勉強していたことがバレて、絞られていたから)


 マリアンヌが怯えるのも無理はない。

 執務室の外から、クラッセル子爵の怒号が聞こえるほどの説教を受けたのだから。

 以降、マリアンヌは罰として、新学期までの間、外出禁止令を出された。

 これについては、今のマリアンヌの様子を見るに、相当堪えているようだ。


「言っておきますが、勉強を教えてほしいと頼ってきたのはマリアンヌ嬢の方からです。本日はさぞ極上のもてなしを受けるのでしょうね」


 ルイスはクラッセル子爵の言葉を嫌味と捉えたのか、それを皮肉で返した。

 それを聞いたクラッセル子爵の口元がひきつったのを私は見逃さなかった。


「その前に、君のことをよく知りたい。二人で話そうではないか」

「分かりました。なんでもお答えしましょう」


 互いに笑顔とは裏腹の感情を抱えた二人は、執務室へと向かった。

 二人の姿が見えなくなると、冷や汗をかいていたグレンが安堵のため息をつく。


「あいつ……、度胸あるな」


 グレンはルイスに対してそう評価する。


「二人の知り合いみたいだけど、クラッセルさんとは面識ないのか?」

「……お父様に怒られると思って、ずっと秘密にしていたの」

「それに、ロザリーと一年間孤児院で暮らしてたって――」

「グレンには私とお姉さまの関係をお話していませんでしたね」


 グレンはクラッセル子爵とルイスの会話を聞いて、二つの疑問を私たちに問う。

 一つはマリアンヌが答え、もう一つは私が答えた。

 

「私は養女なの。だからマリアンヌは義理の姉よ」

「えっ、そうだったの!?」


 事実を知ったグレンは大層驚いていた。


「メヘロディの貴族は”血統主義”だろ? 遠縁の親戚じゃなく、平民を養子にとるなんて珍しいんじゃねえか?」

「あら、カルスーン王国出身なのに、こちらの事情に詳しいのね」


 グレンの言う通り、私たちの祖国、メヘロディ王国では血の繋がらない平民を養子として迎えることはとても珍しい。子宝に恵まれず、養子をとる選択をとったとしても、家系図から遠縁の子供を迎えるるのが常識だ。

 その常識を知っているのであれば、私のケースは異例中の異例であり、驚くのは当然のことである。


「お父様もロザリーと同じ境遇だったから、全然気にしていないわ」

「お前の父ちゃん、元平民だったのか!?」

「ええ。おじい様は生前、独身でしたもの」

「……複雑な家系なんだな」


 孤児である私を抵抗なく養女に迎えたのは、クラッセル子爵の境遇にもある。

 クラッセル子爵はマリアンヌがグレンに説明した通り、昔は私と同じく孤児だった。

 経緯は分からないが、ピストレイが幼少期のクラッセル子爵を養子に迎い入れ、ヴァイオリンの英才教育を施したという。その後、ピストレイが『各国を放浪したい』という理由で領地と屋敷を受け継ぎ、今に至るのだとか。

 事情を理解したグレンは、一言で話題を終わらせる。


「その……、当時、母を亡くして絶望していた私は、支えてくれる家族が必要だったの。それが継母ではなくて、血の繋がった妹でもなくて、ロザリーだったのよ」

「お姉さま……」

「二人の姉妹愛は近くで散々見せつけられた」


 マリアンヌの言葉を聞き、胸が締め付けられる。

 グレンはやれやれといった表情をしていた。


「にしてもだ。赤の他人なのに、顔が似てるよな」

「そう?」

「雰囲気は違うけど……、カツラをして、肌の色を整えたらそっくりだぜ」


 五年間、共に過ごしているおかげか、私とマリアンヌの顔立ちはよく似ている。

 事情を知らなければ、血の繋がった姉妹だと受け入れてしまうだろう。

 変装をして、それぞれ演技をすれば入れ替わりだって可能だ。


「ロザリーはそれで半年間、グレンを騙していたんだものね」

「そうですね」

「こっちはルイスにすぐ見破られてしまったわ」

「まあ、その話は置いといて、だ」


 半年前の思い出話に入る前に、グレンが話題を切り替える。


「二人がどんな話してるか、気にならねえ?」

「私たちのことを心配しているお父様が、あれこれ質問しているのではなくて」


 グレンは別室に向かったクラッセル子爵とルイスの二人の会話の内容に関心を示していた。

 マリアンヌがすぐに思い当たることを言う。

 それを聞いたグレンの言葉が詰まる。様子を見るに彼はその話題で詰められていたようだ。


「私は気になります」

「えっ、ロザリー、ルイスの答えが気になるのね!?」

「お姉さまが何を期待しているのかは知りませんが、その……、個人的に知りたいことがあって」

「まあ、まあ、まあ!! それは良いことよ! グレン、ロザリーのために何かいい案があるのよね」


 急にマリアンヌの反応が良くなった。

 グレンは私たちにこう提案をした。

 「二人の会話、盗み聞きしねえ?」、と。

 

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