第62話 友達になってほしいな
突然泣き出した私に、クラスメイトが驚いていたが、私はすぐに涙をハンカチで拭き取り「なんでもない」と答えた。
「あの、私の席は――」
「そうだ! クラッセルさんがいないうちに席替えをしたの」
「そうなんだ」
私はクラスメイトの案内の元、自分の席に座る。
新学期になって席替えを行ったらしく、私の席は前の場所と変わっていたらしい。
そう言われても、私は入れ替わっていたから分からなかっただろうけど。
筆記具などを机の中に入れ、課題の山を教科ごとに整えてゆく。
「クラッセルさん、今日の授業内容、把握されていますか?」
「分からないわ」
隣の席の女生徒に声を掛けられ、私は正直に答えた。
その女生徒は灰色のショートカットなふんわりとした髪型で、毛先を内側に巻いている。
ぱっちりとした青い瞳は人懐っこい性格なのだと思えた。
細身の体型で、手足がすらっと伸びているようにみえる。
私が声をかけてきた彼女の外見をじっと観察している間に、彼女は自身の机を引っ張り、私のものとくっつけた。
「でしたら、ワタシの教科書を一緒にみましょう!」
「ありがとう」
彼女は一か月振りに来た私を心配し、声をかけてくれたのだ。
この子はロザリーの友達だったのだろうか。
手紙では学校で起きた面白い話がツラツラと書かれていたが、他人の出来事が多かった。
授業で一緒になる子はいたみたいだけど、町へ出掛けて遊ぶような友達はいなかったみたい。
「その束……、休んでいた分の課題ですか?」
「うん。担任の先生に提出しようと思ったら、各教科の先生に提出してと言われたの」
「そうなんですね。長く休んでいると大変ですねえ」
「これからは毎日学校に来るから、よろしくね!」
「はいっ。クラッセルさんに頼られるなんて光栄です!!」
「……あ、その」
困っていたら助けてもらう。
私は今までそういう生活を送っていた。
屋敷では家族やメイドが、学校では、あの事件が起こる前はクラスメイトに頼った。
けれど、ロザリーはだれにも頼らず一人で授業をこなしていたらしい。
クラスメイトが『ロザリー』ではなく『クラッセルさん』と呼ぶのは、嫌っているわけではないけど、親しくもない微妙な距離感だから。
それに気づいた私は、ロザリーとして振舞っていないことに気づき、言葉に詰まった。
ロザリーとして振舞うか、それともマリアンヌとして振舞うか。
悩んだ末、私が出した答えは――。
「一か月お休みをしていた時にね、生死を彷徨うような大病をしたの」
「えっ! そうだったのですか!?」
「その時に、クラスメイトの皆さんともっとお話ししたり、町へ遊びに行ったりした楽しい思い出が無かったなあって後悔しちゃって」
私は堂々と大きな嘘をついた。
これは良い嘘。だから、いっぱいついても良い嘘。
私はそう言い聞かせて話を続ける。
「だからね、半年遅れちゃったけど……、私と友達になってほしいな」
「っ!?」
この時だけマリアンヌとして振舞う。
それが私の出した答え。
私の発言に、隣の席の女の子は目を丸くして驚いていた。頬が真っ赤になっていて、照れているようにも見える。
「”クラッセルさん”じゃなくて、ロザリーって呼んで欲しい」
「……いいのですか?」
「うん」
彼女の問いに私は即答した。
彼女は深呼吸をした後、「よしっ」と小声で意気込み、私を見つめる。
「ロザリーちゃん! 私も、ロザリーちゃんと友達になりたかったのです」
「私もよ。シャーリィ」
私は彼女の名札の名前を読み上げた。
シャーリィは目を潤ませながらこちらを見ている。感極まっているのだろう。
彼女が私に何か言おうとしたが、始業時間を知らせるチャイムで遮られる。
☆
やばい。
全然ついて行けない。
今日の授業が全て終わった直後、私は絶望した。
先生の話も分からず、黒板に書かれていることを書き写すことでせいいっぱいだった。
それに、今日最後の授業で出された小テストの結果は――。
「ロザリーちゃんが〇点なんて……」
シャーリィも青ざめるほどの点数を取ってしまった。
周りのクラスメイトも私を見てひそひそ話をしている。
成績優秀でテストも常に満点のロザリーが突然〇点を取った。
このままでは偽物だとすぐにばれてしまう。
「学校に来たばかりですもん、本調子ではなかったのでしょう?」
「そ、そうなの!!」
心配してくれるシャーリィの小テストの成績は満点。
後から知ったのだけど、彼女はロザリーに次ぐ秀才なのだとか。
私はシャーリィの言葉に大げさに頷いた。
設定上、今のロザリーは大病で一か月間療養していた身。
今は本調子ではないと誤魔化せるけれど、このまま〇点を取り続けていたら怪しまれてしまう。
「今から友達と自習室で勉強会をするのですが、ロザリーちゃんも一緒にやりませんか?」
「勉強会かあ……」
打ち解けたシャーリィは笑みを浮かべながら、私を勉強会に誘う。
彼女のような才女に勉強を教われば、私の学力が向上して留年も阻止することができるかもしれない。だが、一学期のロザリーを知っている彼女に勉強を教わるのは正体がバレてしまうリスクを同時に抱えることになる。
「私、家庭教師がいるから……、勉強会には参加できないかなあ」
「そっか……、あ、じゃあ今度、一緒に町に出かけるのはどうですか?」
「それだったら平気! 予定が分かったら教えてほしいな」
「やった!!」
リスクを抱えたくない私は、勉強会の誘いを断った。
けれどもシャーリィは今度予定される遊びに私を誘ってくれた。
私はその誘いには「行く」と返事をした。
「では、ロザリーちゃん、また明日です!!」
「うん! ごきげんよう」
授業が終わり、シャーリィは自習室へ向かった。
一人になった私は、荷物をバックに詰め、学校を出た。
校門を出た直後、私は一日の疲れを吐き出した。
あとは御者のところへ行って、馬車で屋敷に帰るだけ。
帰ったらマリアンヌに戻れる。
そう、私が気を抜いていたその時だった。
「よう」
見知らぬ男の人が、なれなれしく私に声をかけてきたのだ。
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