第63話 誰だよお前

 校門の前で、長身の男の人が私を待っていた。

 細身の体型ながら、はだけた白いシャツから胸元の鍛えられた筋肉がチラ見えしている。

 黒髪を短く刈り込んでいて、服装とあいまって清潔感を感じられた。

 彼の黒い瞳は、私をじっと見つめている。

 

(あれ? 私、この人に声をかけられた?)


 私はぽかんとした顔で男性を見る。

 難しい授業を受けたせいなのか、頭が全然働かない。

 でも、制服を着ていないからこの学校の生徒ではないことだけは分かった。


(えっと、ロザリーのお友達かしら……)


 男性のお友達。

 『男は獣だ。絶対に親しくなるな』と私とロザリーは幼い頃から父にそう教育を受けてきた。

 私は父の言いつけ通り、男の子と特別親しくすることはなく十五年間を過ごしてきた。

 でも、ロザリーは目の前にいる男性とお友達になったのかしら?

 賢くて美人で優しい妹だもの。お友達になりたい男の人は山ほどいるわよね。


「なに、とぼけた顔してんだよ」

「えっと……」

「俺だよ」


 男性はぐいぐいと私に詰め寄る。


「おい、クラッセル嬢が男に言い寄られてるぞ」

「他校の男か?」


 下校している生徒たちの視線が私たちに集まっている。

 男子生徒は私が言い寄られていることに気が気でないようで、それは声音から伝わってくる。


「クラッセルさんに詰め寄ってる男の人、かっこよくない!?」

「うん! あの人、貴族なのかな」

「もしかして……、クラッセルさんの恋人だったりして!!」


 女生徒は男性の容姿に惚れ惚れとしている。

 そして彼を貴族ではないか、私の恋人ではないかと勝手に想像して話が盛り上がっていた。


 男性はチッと舌打ちした。

 生徒たちが集まってきたことを良く思っていないみたいだ。


「騒がしくなってきたな。こっち来いよ」

「え!?」


 男は私の腕をガッと掴み、引っ張るようにして私を学校から連れ出した。

 私は彼に引っ張られるままついて行った。

 学校から少し離れた場所で、彼は立ち止まった。

 

「あの、えっと……」

「俺、背も伸びたし、声も変わったから、分かんねえかもな」


 この人と会うのは初めてなの?

 てっきり、父が嫌がっている”男のお友達”だと思っていたけど、そうではないみたい。

 背が伸びて、声も変わった。

 男の人は成長すると声が低くなると父から教わった。

 もしかして、ロザリーの昔の知り合いなのかしら。


「そ、そう! トキゴウ村の孤児院の!!」


 私は男に話を合わせる。

 トキゴウ村の孤児院。そこはロザリーが一時期暮らしていた場所。私と出逢った場所。

 ロザリーと再会しようとするならば、あそこの孤児院で一緒だった子だろうと思い、私は賭けに出た。


「ああ。会いたかった。ロザリー」

「っ!?」


 私の賭けは成功した。

 男はトキゴウ村の孤児院にいた子だった。

 成長して、孤児院を出たからロザリーに会いに来たんだ。

 

 彼は私をぎゅっと抱きしめる。

 強い力で抱きしめられ、身体が苦しい。

 彼の鍛え上げられた胸板が私の頬に押し当てられる。


(苦しい!!)


 男の人に抱きしめられる驚きよりも、窒息しそうで苦しいという気持ちのほうが勝る。

 私は彼のお腹を押し、離してほしいと抗議した。

 少しして、男から解放された私は、苦しい思いをしないよう彼から距離を置いた。


「私も……、会いたかったわ」


 私は男に微笑み、彼が望みそうな言葉をかけた。

 

「お前……」


 私の表情を見て、男は顔をしかめた。

 あれ? 何かまずいことを言ったかしら。


「誰だ?」

「え!? 私は、ロザリーよ」

「違う。お前はロザリーじゃない!」


 突然、男は私がロザリーではないと言い放った。

 

 今の私はロザリーだ。

 学校の皆もロザリーとして接してくれた。

 私の変装は簡単に見破れるものではない。

 私は堂々と男の発言を否定した。


「あいつなら、俺の名前、言えるよな?」

「……忘れたわ」

「忘れるわけねえだろ! 俺、お前の大事なもの壊したんだぞ!?」

「こ、壊した!?」

「ほら、お前、ロザリーじゃねえよ。誰だ?」

「……」


 初対面の男に追い詰められた。

 ロザリーの大事なものを壊した人物。

 昔、私がロザリーに初めて会った時、彼女はボロボロと泣いていた覚えがある。

 この人がロザリーを泣かせた人なんだろうか。


 私は周りを見る。

 男が連れてきた場所はどこかの裏路地で、学校の生徒はどこにもいない。

 それにこの男は学校の生徒ではない。

 私は意を決して、カツラを外した。

 金髪の髪がふわっと落ちる。


「その通り。私はマリアンヌ・クラッセル。ロザリー・クラッセルの姉です」

「マリアンヌ……、お前かよ」

「えっと、私、あなたと顔見知りだったかしら?」


 私は男に正体を明かした。

 彼は私の事をよく知っているようで、嫌な顔をする。

 私、トキゴウ村の孤児院で彼が嫌がる事をしたのかしら。全く覚えがないのだけども。


「事情があってロザリーの姿をしているの。このことは学校に――」

「黙ってるよ」

「ありがとう」

「じゃあ、ロザリーはどこにいるんだよ」

「それは……」


 言えない。

 私の代わりに学校に行っているなんて。

 私は男の前でうつむき、黙った。

 でも、この人の前で何か言わなきゃ、話が終わらない。

 私は考えに考え、ロザリーの現状を彼に伝えた。


「ロザリーは別の場所で頑張っているの。戻ってくるとしても半年後よ」

「ふーん、そっか」


 私は説明できる範囲で、男にロザリーの現状を伝えた。

 ぼかした私の説明でも、彼は納得してくれた。


「私の事は答えたわ。次はあなたの名前を教えて」

「なんで、お前に。関係ないだろ」


 男の疑問には答えた。

 なら、次は私が訊く番だ。

 名前を訊ねるも、男は私に興味がないようで、話を切り上げようとしている。

 向こうはしつこく私に聞いてきたのに。なんて失礼な態度なのかしら。


「あるわ。私はロザリーのお姉ちゃんだもの」

「俺から……、奪ったくせに」


 私は胸を張って、ロザリーの姉なのだと男に主張した。

 彼はぼそっと呟いたが、何を言ったかは分からなかった。


「ごめんなさい、聞こえなかったわ」

「……ルイス。俺の名前はルイスだ」


 どうやら名前を呟いたらしい。


「じゃあ、半年後にまた会いに来るわ」


 男、ルイスはこの場から去ろうとする。

 私は何故か、ルイスの服の裾を掴んでいた。


「な、なんだよ」

「あなた――」


 私がとっさにルイスを引き留めた理由。

 ロザリーと知り合いで、学校外の人。私の悩みを解決してくれそうな人。

 こんな人二度と出逢えない。


「あなた、勉強はできる?」


 だから私はルイスを引き留め、声をかけた。

 

 

 

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