第61話 学校が怖い
生徒の一人が私の元へ来る。
私はきつく目を閉じ、彼女の発言を待った。
「クラッセルさん! 復学したんだね!!」
「……え?」
「一ヶ月以上休んでたから、皆、心配してたんだよ」
生徒は私のことを心配して声をかけたようだ。
彼女のことをよく見ると、私と同じ色のリボンを付けている。確か、リボンの色は学年を示していて、同じ色の生徒は私と同じ学年の一年生を示す。
「ロザリーさん?」
「はい! 私はロザリーです!」
「ふふっ、変なクラッセルさん」
彼女が名前を呼ぶ。
ロザリーと呼ばれ、私は外国語の教科書の例文のような発言をしてしまった。
不自然な反応だったが、目の前にいる彼女は変装している私を怪しむことなく、クスッと笑っていた。
周りの生徒も女生徒と同じ反応をしている。
(良かった。誰も入れ替わりに気づいてない)
皆が笑う傍ら、私は安堵していた。
「皆さん、ご機嫌よう。今日から復学いたしますので、よろしくあそばせ」
「……本当に大丈夫?」
「あはは、お姉さまに会っていたから口調が移っちゃって……」
トルメン大学校のように接してみたら、更に笑われてしまった。
ここでは貴族の挨拶や、仕草をしなくてもいいらしい。
ロザリーの学校は成績が良ければ田舎の平民でも入学できる。生徒の親がほとんど貴族や豪商のトルメン大学校とは違う事を思い出し、私はくだけた口調に戻した。
「先生に用があるから、職員室に行ってくるね!」
「ええ、教室で待ってるね」
私は彼女に用事を告げ、職員室へ向かう。
誰にも引き止められたくなかったので、急ぎ足でこの場を去る。
教員室の前、一人になったところで、私ははあとため息をついた。
(皆、私の事をロザリーだと思ってる。大丈夫、普通にしていれば怪しまれない)
私は心の中で自分を落ち着ける言葉を呟きながら、心を切り替え、職員室のドアをノックした。
☆
「ロザリー君!? 一か月連絡が無かったから、どうしたかとおもったよ」
職員室では先生たちが授業の準備をしている。
忙しい中、私は担任の先生の元へ向かった。
マリアンヌの姿で一度会っているから、顔は覚えている。
今回はロザリーの姿でここに来ている。
一か月も連絡なく休んでいたロザリーが突然目の前に現れたことにより、先生は私を見て驚いていた。
私はニコリと微笑み、優雅に一礼する。
「申し訳ございません。夏季休暇中に大病にかかってしまいまして。ご連絡するのが遅くなってしまいました」
「ああ、そうなの」
「こちら、父の手紙です。詳しいことはこちらに書いてあります」
「後で確認しておく」
父の手紙を先生に渡す。
先生は机の引き出しを開き、そこに手紙を入れた。
引き出しの中は、様々な形の仕切りが入っており、整頓されている。
きっと、朝の授業が終わったら封を切って読むのだろう。
「あと、休んでいる内に出された課題についてなのですが……」
「あー、それは各教科の先生に提出して」
「わ、わかりました」
この場で出されていた課題を提出したかったのだが、先生に別の指示を貰う。
各教科の先生、私はそれが職員室にいる誰なのか分からなかった。
私が知っているのはロザリーの担任の先生だけで、科目の先生は授業を受けながら覚えようと考えていたからだ。計画が外れ、私はどうしようと焦った。
「えっと……、今だとお忙しいと思いますので、科目の授業ごとに提出してゆきます」
「それがいいね」
「では、私はこれで失礼します」
「うん。またホームルームでね」
担任の先生との会話を手短に済ませ、私は職員室を出た。
(課題は後々片付くとして、担任の先生に挨拶をしたから、教室へ行こう)
私は次の行動を頭に浮かべる。
ロザリーが通う学校は四階建てで、一学年は四階にある。クラスは一組で、それはロザリーの手紙に書かれていたから覚えている。
階段を上ると、同じ色のリボンを付けている生徒たちがいた。
「クラッセル子爵令嬢だ」
「今日もクールだよなあ」
「お目にかかるの一か月ぶりだよな」
「一組の奴の話だと、学校休んでたらしいぜ」
近くにいた男子生徒が私の方を見て、ヒソヒソと話している。
耳を澄ませるとロザリーの評判が聞こえてくる。
どうやら、ロザリーは男子生徒の間で高嶺の花のような存在みたいだ。
姉の私から見て、ロザリーは綺麗な顔立ちをしているし、異性が好むような容姿をしている。
それに、平民が多いこの学校で彼女は貴族。
容姿と立場、そして優等生であることから、一目置かれる存在になっているのは必然だろう。
(……怖い)
身体が小刻みに震えている。
他人の視線を気にする。
他人の話に耳を澄ませる。
これはトルメン大学校で虐めに遭っていたときにやっていたことだ。
注目されたり、ヒソヒソ話をされていたりすると、当時の事を思い出してしまう。
ロザリーは私と違って、皆に尊敬されているだけなのに。
(学校が怖い……!)
ここはロザリーの学校だと頭では分かっているけれど、学校というだけで虐められた記憶がよみがえる。
思い出すと身体がすくみ、動けなくなる。めまいや吐き気がする。
だから、私はトルメン大学校へ行かず、屋敷に引きこもっていたのだ。
学校に行くくらいだったら、父が決めた相手の元へ嫁いだ方がいいと、音楽の道から逃げようとしたのだ。
「でも……、私もここで戦わなきゃ」
体の震えを気力でおさえる。
ロザリーはトルメン大学校で虐めと戦っている。それに比べたら、ここは優しい環境だ。
私がここで戦うのは勉強。テストの成績。
自身の気持ちを奮い立たせ、私は一組の教室に入る。
「……おはよう」
教室に入った私は、そこにいたクラスメイトに声をかける。
トルメン大学校では誰も挨拶を返してくれなかった。
その日から私の人生は一変し、辛い日々が始まった。
「おはよう!!」
「クラッセルさん! お久しぶり」
「あ……」
クラスメイトが笑顔で挨拶を返してくれる。
当たり前のことなのに、私はそれが嬉しかった。
涙腺が緩み、私はクラスメイトの前で涙を流した。
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