第60話 そう、言い出すと思った

 父は私に言い聞かせるようにゆっくりと話しかける。


「君の学力ではロザリーが通っている学校について行けない」

「ですので、私は課題を――」

「全てやり切るのに、どれくらいかかったんだい?」

「二週間……、です」

「ロザリーだったら、五日でやり切っただろうね」


 父の話は現実的だった。

 ロザリーだったら、この課題の量を五日でやり切る。

 大げさに言っているわけではない。私だってそう思う。

 私は何も言えず、黙り込んでしまった。


「授業は出席日数だけで乗り切れるわけではない。それはトルメン大学校も同じだよね」

「悪い点数を取ったら、補講のあとに再試験があって、それでも悪かったら”赤点”になります」


 赤点になったら、その教科を履修したことにならない。

 出席日数の他にも、私は大嫌いな勉強をして赤点を回避しないといけないのだ。

 ロザリーの学校は赤点が一教科でもあったら留年になる。つまり、全教科回避しないといけない。

 父は遠まわしに私がロザリーの代わりは務まらないと言っているのだ。


「君は音楽科に在学していたから、座学はある程度、優遇されていた」

「……私、それでも再試験を受けていましたわ」

「そんな君がロザリーの留年を回避するのは不可能だ」


 父が私の挑戦をきっぱり「不可能だ」と言うのは初めてだ。

 ピアノの演奏では、難しい曲に挑戦しても「マリアンヌならできるよ」と優しい言葉をかけてくれるのに。厳しい言葉が返ってきた。


「不可能と言わないでください!!」


 私は父の厳しい言葉を跳ね返した。


「そんなの、やってみないと分からないではありませんか!!」

「……本気、なんだね?」

「はい、お父様。私は本気でロザリーの留年を阻止したいのです」

「そうか」


 私は自身の意思を父にぶつけた。

 

 私がロザリーの学校へ行っても、どこかの教科で赤点を取って留年するだけ。

 でも、私がピアノと同等に勉強をしたら、もしかしたら全教科赤点を回避できるかもしれない。

 それは実際にやってみないと分からない。

 

 私と父は互いに睨み合う。

 先に折れたのは父だった。


「マリアンヌ、ここで待っていなさい」


 父は、そう言って演奏室を出て行った。

 私は椅子に座り、じっと父が帰ってくるのを待っていた。

 少し経ち、父が戻ってきた。

 両手に何か抱えている。


「お父様、これは……!」

「そう言いだすと思ったから、用意していたんだ」


 父はそれを私に渡す。

 持っていたのはロザリーの学校の制服と彼女の髪色のカツラだった。

 私は受け取り、胸に抱き寄せた。


「ありがとうございます。お父様!!」

「今でもマリアンヌには難しいことだと思っているよ。でも、言ったからには最後までやり通すこと」

「はい! やり遂げてみせます!!」


 こうして、私はロザリーの留年を阻止するため、彼女に変装して学校へ潜入することになったのだった。



 翌日。

 私は、メイドに手伝って貰い、ロザリーに変装した。昔から顔が似ていると言われていたので、違和感はない。

 二週間でやり遂げた課題の山を持ち、私は馬車に乗って、ロザリーの学校へ向かった。


「学校に入ったらまずは先生にお父様が書いた手紙と課題を渡す……」


 馬車を降り、ロザリーの学校に到着した私は、次にする行動を呟きながら校門をくぐる。

 校内に入り、一直線で職員室に向かおうとするものの、生徒たちに囲まれてしまった。


(え? な、何!?)

 

 私は生徒たちの行動に戸惑った。

 もしかして、私がロザリーではない事がばれちゃった?

 登校初日で私の身代わり生活は終わりなのか。

 私が心の中でヒヤヒヤしている中、生徒の一人が私に話しかける。

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