第59話 夢中になれば
ロザリーを留年させないため、彼女の学校の課題を取り組み始めて三日が経った。
食事、入浴、ピアノの練習以外は、部屋に引きこもり、一人勉強をしていた。
難しい文章とにらめっこして、ようやく解き方が分かったところだ。
「ロザリーの学校の勉強……、難しいわ」
ロザリーの部屋から教科書類を持ってきて、私はそれと課題を交互に見ながら一問ずつゆっくりと問題を解いてゆく。
これがロザリーだったら、ペンを止めることなくすらすらと解答してゆくんだろう。
「でも、この課題に苦戦するのは、私がいままで勉強をサボっていたせいよね」
私は勉強が嫌いだった。
机の上に座ってじっと先生の話を聞いているよりも、ピアノを弾いたり、外へ出掛けることが大好きだった私は、勉強をおろそかにしてきた。
対してロザリーは私と一緒に練習をしたり、遊んだりしていたものの、勉強もしっかりとやっており、成績は常にトップだった。
「これ、全部やり切れるのかしら……」
私は片づけた課題と終わっていない課題の量を見比べる。
終わってない課題の方が多く、これを全てやり終えるのは夢のまた夢のように思える。
幸い、ロザリーの学校から課題の提出期限は言われていない。だからゆっくり取り組むことは出来るものの、待ってくれるのはせいぜい二週間だろう。
「全然分かんない! やってもやっても終わらない!! もう嫌だあ」
ずっと机に座って課題と向き合う日々。
限界がきた私は、机をバンッと叩き、弱音を吐いた。
机に突っ伏し、足をバタバタと動かして、私の中にあるいらだちを発散させる。
「ロザリーは凄いなあ。それに比べて私は――」
勉強をしていると、ロザリーとの差を感じてしまう。
やはり、クラッセル子爵家は私ではなくロザリーが跡を継いだ方がいいのではないだろうか。
『いいえ、お姉さまは私より優れたものを持っています』
ふと、以前ロザリーに弱音を吐いたときのことを思いだす。
その時、こう言っていた気がする。
『夢中になったお姉さまには敵いません』
「夢中になった私……」
ロザリーは、何かに夢中になった時の私は、ロザリーをも超える熱量があるとか言っていた気がする。
「勉強に夢中になれたら、この課題の山を片づけることができるのかしら」
私は両頬を叩き、気持ちを切り替える。
そしてロザリーの言葉を思い出し、再度課題に取り掛かった。
☆
「やった! 課題が終わったわ!!」
最後の問題を書き終え、私はロザリーの課題をやり切った。
二週間かかったけれど、一問も解けないところからここまで来たのはすごいのではないだろうか。
脳内のロザリーも『すごいです、お姉さま!!』と褒めてくれている。
「よしっ! お父様にお話……、するわよ」
課題をやり終えたら、父に話したいことがあった。
夕食を食べ終えた父は、演奏室でヴァイオリンを弾いているはず。そこにいなければ執務室で仕事をしている。
私は課題の山が入った箱を持ち、演奏室へ向かった。
「失礼します」
私は演奏室のドアを開けた。
そこにはヴァイオリンを弾いている父がいた。
「マリアンヌ、なにか用かい?」
「はい! お父様にお話があります!!」
「……ごめんね。明日の生徒の指導曲の確認が忙しいんだ。その子は今年音楽科を受ける大切な時期でね――」
父は領内の裕福な家庭の子供にヴァイオリンの指導を行っている。
その指導のおかげで、音楽科に進学できた生徒が多く、評判は高い。
わざわざクラッセル領へ引っ越してくる人たちもいるらしい。
そのおかげで、私の家は安定した収入を得られ、生活できている。
生徒の指導は父にとって大事な収入源。
事前に指導内容の確認をするために、演奏室で確認するのは当然の事なのだ。
「分かりました。では、その練習はいつ終わりますか?」
「えーっと、二時間くらい……」
「では、こちらで聞いています。ピアノの演奏は必要ですか?」
「あー、分かった。マリアンヌの話を先に聞くよ」
けれど、私は大事な話をするのだ。
私は背筋をピンと立てて座り、父の確認が終わるまで待つことにする。
父が弾いていた曲は、ピアノと合わせることがあったはず。
気を遣って言ったつもりなのだが、父は、ヴァイオリンを置き、私の方を見る。
「お父様、私、ロザリーの学校の課題を全て終わらせましたの」
「その箱……、中を見ていいかい?」
「どうぞ」
父は私が持ってきた箱の中から紙束を手に取る。
それらを全て確認したのち、元の場所に戻した。
「全て、解いたみたいだね」
「はい。私、一人でやりました」
「僕はこの課題を処分するよう、メイドにお願いしたはずなんだけど」
「私は――」
私は息を吸い、父に告げる。
私がやりたいこと。
父はロザリーが私の姿に変装してトルメン大学校にいるのを許した。
だから、きっと私がやりたいことも認めてくれるはず。
「ロザリーの留年を阻止したい。ロザリーの姿で彼女の学校に通いたいのです」
「……なるほど」
私は父に思いを告げた。
自分もロザリーのように、学校に潜入して彼女の留年を阻止したいと。
私の主張を聞いた父は、手を顎に当てたまま黙っていた。
「だから、捨てるはずのロザリーの課題を”拾って”、全てやり切ったわけだ」
「はい。言葉だけでは私の気持ちが伝わらないと思ったので!」
「……君たちは僕の予想を大きく超えてくるね」
父は私のやり方にため息をついた。
「いいかい、マリアンヌ――」
一大決心をした私に、父が優しく語り掛ける。
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