第57話 瞳の色のネックレス

 私とルイスの口喧嘩は止まらなかった。


「二人とも、お店に行く時間が無くなってしまうわ!」


 私たちの喧嘩を止めたのはマリアンヌだった。

 マリアンヌは腰に両手を当て、眉を吊り上げ怒った表情を浮かべている。


「ご、ごめんなさいお姉さま。ルイスがーー」

「言い訳しても無駄よ! 二人とも、早く仲直りして!!」

「……」


 マリアンヌにビシッと言われてしまうと、私は逆らえなくなる。

 内心は嫌だけど、場を収めるために頭を下げるか。


「ルイス……、言い過ぎたわ。ごめんなさい」

「マリアンヌがたしなめると、大人しくなるんだな」

「っ!」

「こえー顔」


 調子に乗っているルイスを睨むと、彼はまた挑発してきた。

 私はマリアンヌのためにぐっと堪えられたので、場を一旦収めることができた。

 私たちは、口喧嘩で遅れたペースを取り戻すため、早歩きで店へと向かう。


「着きました、このお店です」


 私は目的地に着いたことを二人に告げる。

 こじんまりとした一軒家のお店で、複数人のアクセサリー職人が商品を持ち寄り、販売する場所だとか。ワンポイントに飾り石がついたような、シンプルなデザインが多いが、その分安価で、学生でも手を伸ばしやすい価格帯である。


「まあ、素敵な建物! これはいいものがありそうね」

「……そうか?」

「余計なこと言うんだったら、ここで待っていてくれる?」


 店の外観を見て、マリアンヌは店内の商品を期待する一方、ルイスは文句を言った。

 私は否定的な発言をしたルイスに釘をさす。


「悪かったよ。入ってみないと分からないよな。早く行こうぜ」


 ルイスは一番に店の前につく。


「さあ、どうぞ。お嬢様方」

「……気色が悪いわ」


 ルイスは扉を開け、私とマリアンヌを招き入れる。それは紳士的な行為そのものだ。

 ルイスを何も知らない女性であれば、親切な人と惚れたかもしれないが、私は彼の悪い所を沢山知っている。急に態度を変えられたほうが気持ち悪い。


「ロザリー、あなたもいい加減にしなさいよ」

「……」


 マリアンヌに注意され、私は黙った。

 店の中に入ると、マリアンヌは輝いた目で商品を眺めている。

 私も気になるものが無いか、探していた。


「お前、どんなのが好きなんだよ」

「あんたに関係ないでしょ」


 ルイスに声を掛けられ、嫌な気持ちになるものの、マリアンヌにたしなめられた手前、先ほどのような口喧嘩は出来なかった。

 唯一の抵抗として、私は商品に夢中になっているマリアンヌに気づかれぬよう、小声でルイスに言い返す。


「まあ、根暗で地味なお前の事だから、マリアンヌから与えられたものしかつけてないんだろうけど」

「それの何が悪いの?」

「お前がどうあがいても、あいつにはなれない」

「分かってるわ。そんなこと」

「ちょっと、手、出してみろよ」

「……」


 私はルイスに言われるがまま、右手を差し出した。

 ルイスの大きい手が私の手に触れる。


(ざらざらしてる)


 ルイスの手はクラッセル子爵のものと違って、皮が分厚くざらざらした感触だ。

 手の感触に意識がとられている間に、私の薬指に指輪がはめられていた。


「や、やめてよ」


 私ははめられた指輪を取り、商品を元の場所へ戻す。


「ルイス、あなた、私をからかって楽しむためにここへ来たの?」

「違う」

「だったら、ちょっかい出すのやめてよ。私は―ー」

「ロザリー! ちょっと来てちょうだい!!」


 ルイスに言おうとしたものの、マリアンヌに阻まれる。

 私とルイスが近づくと、マリアンヌはネックレスが並ぶ棚を指した。


「ロザリーが薦めていた商品って、これでしょ?」

「そうです」

「せっかくだから、三人でお揃いものを買いましょうよ」


 マリアンヌが提案する。

 マリアンヌとおそろいの物を買うことは慣れているし、嬉しいけど、どうしてルイスと同じものを買わないといけないのだと思ってしまう。


「記念にいいかもな。買おうぜ」


 ルイスはマリアンヌの提案をあっさり受け入れた。

 そして、一つの商品を手に取る。

 それには緑色の飾り石が付いていた。


「これ、いいんじゃないか?」

「素敵ね! ちょうど、三つあるしいいんじゃないかしら。ロザリーはどう?」

「……どうしてそれにしたの?」


 女慣れしているのか、ルイスが選んだものはいいものだった。

 素直に受け入れたくない私は、ルイスに問う。


「だって、お前の……、お前たちの瞳の色だから」

「なるほどね」

「で、いいのか? これで」

「ええ。お会計をーー」


 同じ商品を三つ取り、私は財布を取り出した。

 私の行動をルイスが制する。


「ここは俺が払う。男だからな」


 すべてルイスが支払ってくれた。

 店を出て、ルイスから商品をそれぞれ受け取る。



 店で目当てのアクセサリーを購入した私たちは、予約していた料理屋に入り、好きなものを注文した。

 それらが来る間、マリアンヌが私に話しかける。


「私がどうやってルイスと出会ったか、気になるわよね」

「はい。ここに来たら教えてくれると聞いていたので、ずっと我慢していました」


 ルイスとの再会。

 それは偶然ではない。マリアンヌが仲介したのは必然だ。

 約束を付けるには、ルイスとマリアンヌが私の知らないところで、出会い、打ち合わせをしていないといけないのだから。

 その話は、料理屋の中ですると先に言われたから、私はその時を待っていた。

 

「……料理が付く間に話せるかしら?」

「先延ばしにしないでください。私は食事で中断されてもいいですから、早く教えてください」

「分かったわ。私がどうやってルイスと会ったのか。それはね―ー」


 私が知らない、マリアンヌの物語が彼女の口から語られる。

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