第56話 会いたかった

 マリアンヌが普段とは違う格好で出掛けたのは、目の前にいる男の人に会うため?

 私はマリアンヌの隣に立っている男の人の顔からつま先まで観察した。

 まず、背が高い。

 グレンやチャールズは頭一つほど高さだったのが、目の前の人の場合、頭二つぶんの違いがある。

 私やマリアンヌの背丈だと、彼の胸ほどしかない。

 それに、今まで出会った男の人よりも体格がいい。

 細身の体型に見えるが、胸の前で組んでいる腕は太く、鍛え上げられている。

 白いシャツと黒のズボンと軽装だが、身体を動かす仕事をしているのだろうと一目で見える体型だ。


「この方が、私に紹介したい方……、ですか?」


 私はマリアンヌに問う。

 男の人は、体格もいいけど、顔もいい。

 黒髪で額が見えるほど短い前髪と耳やえりあしが見えるよう刈り込んだ髪型は、男らしさと清潔感を感じさせる。髪と同じ色の瞳は切り揃えられた眉と相まって、真っすぐで凛々しい性格なのかと思わせる。この人は見た目だけで女性を惹きつける魅力があると私は思った。


「あの、初めまして。マリアンヌお姉さまの妹でロザリー・クラッセルと申します」


 こんなカッコいい人、私の知り合いにはいない。

 私はその男の人に、名乗った。

 顔をあげると、男の人は驚いた表情を浮かべていた。そして、吹き出した。


「俺だよ、俺」

「ごめんなさい。出会った覚えが無いのですが……」


 男は私に親し気に話しかけてくるものの、声を聞いても分からなかった。


「トキゴウ村の孤児院で一緒だっただろ」

「えっ」


 孤児院と聞き、心当たりがある人物が一人いる。

 でも、別れたときの彼は私とそう変わらない背丈だった。

 彼の声も、声変わりする前だったから高かった気がする。今のように低い声ではない。


「ルイス……?」


 私の形見の本を壊した、因縁のある少年。

 彼も、目の前に立っている男性と同じく、黒い髪と瞳だった。


「ああ。そうだよ」

「えっ、本当にルイス……、なの!?」


 目の前にいる男性は、成長したルイスだった。

 昔の面影と合わず、私はルイスの急成長に驚いた。


「会いたかった」

「っ!?」


 突然、目の前の視界が暗くなったと思いきや、私はルイスの腕の中にいた。

 逞しいと思った腕で私の身体を強く抱きしめる。

 チャールズの時と違って、ルイスの胸の中は鍛え上げられた胸板と腹筋にあたり、私のことを守ってくれそうな安心感があった。


「良かったわね、ロザリー」


 声だけしか聞こえなかったが、マリアンヌは私とルイスが再会できたことに喜んでいた。

 しばらくして、ルイスの抱擁が解かれる。

 私は二歩下がって、改めてルイスの顔と身体を見る。


「信じられないわ……、あのルイスがこんなふうに成長してるなんて」

「格好よくなっただろ?」

「まあ……、そうね」

「誤魔化さなくてもいいぞ。事実、俺、女に困らないほどモテるから」

「……」

 

 やっぱりルイスだ。

 堂々と自慢するところは昔と変わっていない。

 姿と声が変わっていても、お調子者な性格は変えられなかったようだ。


「お姉さま、なぜ、ルイスがここに―ー」

「ご飯の時間にゆっくり話すわ」

「はあ」

「三人で、アクセサリー屋へ行きましょう! この間、いけなかったところ」


 ご飯は、クラッセル家がいつも利用している場所を予約している。

 その時間までにはまだ余裕があり、商店街を見て回るくらいある。

 マリアンヌは以前、私といけなかったアクセサリー店に行こうと提案した。

 私とルイスが五年ぶりの再会を果たしたものの、打ち解けていないことを察したマリアンヌの気遣いだろう。


「行こうぜ」

「……お姉さまがそう言うのでしたら」


 マリアンヌの提案にルイスは乗る。

 私はしぶしぶという態度を出し、マリアンヌの提案に返答した。



 私、マリアンヌ、ルイスの三人で町を歩く。

 平民が利用する店が並ぶ通りで、一度、マリアンヌは見知らぬ男の人に声を掛けられていた。

 二人だけではまた同じ目に遭っただろうが、今回はルイスがいる。


「……こっち見ないでよ」


 ルイスの視線を感じる。

 私はルイスを良く思っていない。

 孤児院の頃は互いに年長で、子供たちの取りまとめなどで一緒に行動していた。

 ルイスは私のことをライバル視していて、何かと私に突っかかってきた。

 度が過ぎて、私の大切にしていた本をめちゃくちゃにされている。

 だけど、ルイスの私に対する反応は大きく変わった。

 突然のことで油断したけど、抱きしめられるなんて思ってもみなかった。

 ルイスが私のことを好意的に見ている、それは自分にとって背筋が凍るほどのできごとだ。


「お前も、五年で変わったよな」

「そう?」

「女らしくなった」

「……」


 五年前のルイスだったら、口喧嘩が始まっていたかもしれないが、魅力的に成長した彼にそう言われると口説かれているようで赤面してしまう。


(相手はルイスよ、なに照れているのよ!)


 私は自分に喝をいれる。

 ルイスは私をからかっているんだ。

 五年離れて、私へ対する想いが募って、という小説のような展開は絶対ない。

 今も私の反応を見て、内心笑っているに違いない。


「ふんっ、あんたに言われても全然嬉しくないわ」

「へー、強がってるところも、可愛くなったな」

「か、かか、からかわないでよ!!」


 私は大勢の通行人がいる場所で、大声を出した。

 周りにいる人たちが歩を止め、私たちを注視する。


「ま、顔が可愛くなって、女の身体になっても、性格がお堅いから、相手なんて全然いねーんだろうけど」

「う、うるさいわね! あんただって―ー」

「俺はいたぞ。沢山、言い寄ってくるから困るくらいにな」


 やっぱりそうだ。

 ルイスは何も変わっていない。

 

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