第55話 進級のカラクリ

「グレンのお話が面白くて、すっかり忘れていたわ!!」


 午前中、食事を終え、演奏室でピアノを弾こうとしていたマリアンヌに声をかけ、共学校について尋ねた。

 マリアンヌは口元を抑え、はっとした表情を浮かべている。

 私が思った通り、マリアンヌが忘れていたようだ。


「進級していて驚いたでしょ」

「はい」

「私がロザリーの代わりに授業とテストを受けていたの!!」

「……それしかないと思っていました」

「話すタイミングが悪かったわね。ロザリーをびっくりさせたかったのに」

「驚いてますよ! お姉さまが私の学校に通っていたなんて」

「わざとらしい反応ね。もういいのよ」


 どうして私が半年間休んでいた学校を進級できたのか。

 馬車の中で話を聞いていたら私の反応も違っただろうが、そこにはグレンがいた。彼がいたから話す機会を逃し、そのまま話そびれて今に至る、といったところか。

 時間をかけて考えれば、答えを出すのは簡単だ。

 マリアンヌは私と同じことをやったのだ。


「ありがとうございます」

「お姉ちゃん、頑張ったのよ!」

「ええ。分かります」


 私が通っていた学校の授業は、トルメン大学校より進んでいた。それと学ぶ教科も多く、難しい。

 私の場合は、トルメン大学校で一位の成績をおさめたが、勉強が苦手なマリアンヌは進級することも難しかったのではないだろうか。

 

「補講や追試を受けているお姉さまが目に浮かびますもの」

「……実際そうだったから何も言えないわ」


 私の予想通りマリアンヌは勉強で苦戦していたらしい。

 成績がどうあれ、進級が一番だ。最下位であろうと、補講や追試を受ける根性があればどうとでもなる。

 苦手なことをマリアンヌが私のためにやってくれた。それだけで嬉しい。

 留年せず二学年の状態で編入出来るのは、マリアンヌのおかげなのだから。


「あのね……」

「お姉さま、いかがしましたか?」

「ロザリーに紹介したい人がいるの」


 私に紹介したい人?

 それは一体誰なのだろうか。

 共学校での人付き合いはそれとなくしていて、仲の良いクラスメイトはいたけれど、外で買い食いをするほどの友人はいなかった。貴族の私と仲良くなって、交友関係や商売の幅を利かせようと邪な理由で近づいてくる者も一部いたからだ。

 首都から少し離れた場所だと、子爵令嬢である私でもリリアンのような”取り巻き”を作ることができるらしい。私はそれを共学校で学んだ。


「私の学校の人……、ですか?」

「いいえ、あなたがよく知っている人よ」


 学校の人ではない。

 その答えで、クラスメイトの線は消えた。


「明日、町で会う約束を取り付けているの」

「そう、ですか……」

「だから、明日はおしゃれして、あのピアスを付けましょう」


 ”あのピアス”、それは十五歳の誕生日にクラッセル子爵から貰ったマリアンヌと色違いの薔薇のピアスだ。マリアンヌのものは一度リリアンに奪われていたが、先日、取り戻した。

 

「あっ!」


 ピアスと聞いて、何か思い出したのか、マリアンヌはピアノの椅子から降り、演奏室から駆け足で出て行った。

 少ししてマリアンヌが帰ってきた。息切れしており、全力でどこかへ向かい、ここへ戻ってきたのだと分かる。


「これ! 返すの忘れていたわ」


 マリアンヌは小さな宝石箱を開ける。

 そこには黄色い薔薇のピアスが一つあった。それは私がマリアンヌに渡したもので、もう一つは私が持っている。

 赤い薔薇のピアスを”無くした”と落ち込んでいるマリアンヌに付けてあげたものだ。


「わかりました。明日はこれを付けますね」


 マリアンヌから宝石箱を受け取る。

 着飾ろうと言ったのは、明日、待ち合わせをしている人のためだろうか。

 少なくともマリアンヌは楽しみにしている様子だ。


(私に紹介したい人……、誰かしら)


 疑問が晴れないまま、時が過ぎていった。



 翌日。

 私とマリアンヌはよそ行きの恰好をして、町へでかける。

 私は大ぶりのリボンが付いた紺色のブラウスと、水色のふんわりとしたロングスカート。

 三つ編みはいつもより緩めにして、小さな花の飾りを付けている。

 目元がぱっちりと見える化粧にし、昨日の約束通り、黄色い薔薇のピアスを付けた。

 ピアスを付けたのは久しぶりだったので、開けていた穴が小さくなっていて大変だった。


「ロザリー、こっちよ」


 マリアンヌはサイドの金髪を編み込んだハーフアップにしている。

 肩口の空いた真っ白なブラウスに、赤いタイトなスカートを身に着けている。

 普段はフリルのついたワンピースなど、可愛らしい服装のマリアンヌにしては大人びた衣装だと私は思った。


(お姉さま、肌を露出しすぎでは……)


 私はマリアンヌの私服を見て、不安になる。

 マリアンヌは私より肉つきが良く、男性が好むスタイルだと思う。

 今日の服装は身体のラインが強調されるので、いやらしい目で見られてしまうのではないか。


「えっ」


 待ち合わせ場所に着き、私は驚きのあまり、声をあげてしまう。

 マリアンヌが私に紹介したい人が、背が高くガタイの良い男性だったからだ。

 

 

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