第54話 進級のナゾ
翌朝、私はメイドに起こされる前に目を覚ました。
昨夜はグレンに隠し事を暴かれ、マリアンヌの本音を聞いた。
マリアンヌにとって、チャールズとの婚約は望まないものだったらしいけど、前向きに考えている。
「……あれ?」
頭が冴えてきたところで、一つ引っかかることを思い出した。
―ー 編入手続きをしたから、普通科の二学年として通うことは出来るよ ――
夕食のときに聞いたクラッセル子爵の一言。
半年間、今日学校の授業をサボっていたはずなのに、どうして留年せず、二学年に進級しているのだろう。
「おはようございます。ロザリーさま」
「おはよう」
「朝食の準備が出来ております。支度が整いましたら食堂へお越しくださいませ」
「ありがとう。あの!」
仕事を終え、去ろうとするメイドを引き留める。
「他になにか御用でしょうか?」
「共学校の通信簿、どこにあるか知ってる?」
「ああ、それでしたら子爵様が持っています」
「ありがとう。下がっていいわ」
私を起こすためにやって来たメイドに、共学校の通信簿について尋ねる。
それはクラッセル子爵が持っていると答えた。
クラッセル子爵は食堂にいるはず。
私は簡単な身支度を整え、部屋を出た。
「おはよう」
「グレン……、おはようございます」
食堂の前でグレンと会った。
グレンは客室を利用している。
元々クラッセル邸は、客人はいえども日帰りで済む人たちが多いので、客室は始業式までずっとグレンが使うことになる。
「ほらよっ」
「っ!?」
グレンは私の目の前で握っていた拳を開いた。
拳の中には、大きな薔薇の花が現れる。拳には収まらないほどの大きさだ。
私はグレンの行動に驚いた。
「ま……、ほう?」
「花は庭からとってきた」
「えっ、庭師のおじいさんに怒られますよ!?」
「いいよ。ロザリーが笑ったから」
庭師をしているガタイの良い中年の男性は、勝手に花に触れると怒る。
私も幼少期、マリアンヌにプレゼントしようと勝手に花を摘んだら、怒られたことがある。
その出来事を思い出し、グレンに注意すると、彼はニッと白い歯を出して笑った。
「二学期のころのお前はどうしたんだ?」
「それは……、お姉さまのふりをしてたから」
「”ふり”が出来るんだったら、それはお前だろ」
「……私はロザリーなの! からかわないでください!!」
ムキになった私は、グレンを振り切り食堂に入った。
「おはようロザリー」
「おはようございます。お義父さま」
「おや、その薔薇の髪飾り、似合っているね」
「え? かみかざ……、り?」
クラッセル子爵に言われ、私は頭部に触れた。
頭部になにかある。質感的に髪飾りだ。
「薔薇……」
手に取ると、グレンが勝手にとってきた薔薇と同じ形の髪飾りがあった。
花の大きさは私の手のひらに収まるほど小さくなっている代わりに、花びらや茎が布地のような質感になっている。
「おはようございます。クラッセル子爵殿」
「グレンもおはよう」
「グレン、これは……?」
「プレゼント」
ガタッ。
グレンが食堂に入ってきた。
クラッセル子爵と挨拶を交わしたあと、私は髪飾りについて問う。
グレンが”プレゼント”と答えると、食堂のテーブルが強い力で叩かれ、そこに置かれていた食器類が物音を立てた。
「グレン君。君には昨日、ここでの過ごし方のルールを説明したはず、なんだけどねえ?」
「あ、あははは。夕食のとき、ロザリーだけが会話に加わらず黙々と食べていたから、仲良くなり―ー」
「仲良く?」
「もう、娘さんに贈り物はしません。命に誓って」
「……よろしい」
クラッセル子爵が怒りの感情をむき出しにしている。
グレンはから笑いをしながら、魔法で造った髪飾りを私にあげた経緯を説明するも、墓穴を掘ってしまう。
クラッセル子爵が決めた”ルール”というものは、夕食前に説明されたものだろう。
その内容は私とマリアンヌに言い寄らないことだと想像できる。
「グレンは私が家族と仲が悪いのではないかと心配したのだと思います。あまり責めないでください」
「……夕食の様子だけを見たら、そう思うかもしれないな」
私がフォローに回ると、クラッセル子爵がわざとらしい咳ばらいをして平常心を取り繕った。
「ロザリーは物静かな娘だが、嫌なことは僕やマリアンヌにはっきりと伝えてくれる。君に心配してもらうほど、弱い子ではないよ」
「……勝手なことをして、申し訳ございません」
「判ればいい。席に着きなさい」
私とグレンはそれぞれ席に着く。
「では―ー」
「あの、マリアンヌは……」
「あの子は朝に弱いんだ。だから先に食べることにしている」
「なるほど」
食事を始めようとすると、グレンはマリアンヌがこの場にいないことを指摘した。
マリアンヌは朝に弱く、時間通りに食堂にきた試しがない。
クラッセル子爵の説明に納得したグレンは、私たちと一緒に食事を摂る。
「あの、お義父さま、食事が終わりましたら私の通信簿をみたいのですが」
「通信簿? どうしてだい?」
「だって、私、二学期から学校をサボっていたんですよ。なのに進級出来ているなんて、おかしいじゃないですか」
「おや、マリアンヌが話していないのかい?」
「お姉さまが……?」
食事中、私は通信簿についてクラッセル子爵に聞く。
口に入れていたものを飲み込むと、驚いていた。
私は首を振り、何も聞いていないとクラッセル子爵に示す。
「馬車の中でお話するんだ、と張り切っていたんだけどね。抜けてしまったのかな」
「……そうかもしれません。お姉さま、忘れてしまうときがあるから」
「僕から教えてもいいんだけど、マリアンヌから聞いたほうがいいよ」
「そうします」
真実はマリアンヌの口から聞いたほうがいい。
だけど、マリアンヌは食堂に来ていない。
進級していた謎はもう少しお預けのようだ。
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