第53話 暴かれる二人の秘密

 グレンに隠していること、大いにある。

 私はグレンの問いにドキっとした。洋灯でぼんやり照らされているだけだから私の表情ははっきりと見えていない。これが朝だったら、顔に出ていることが彼にバレ、追及されていただろう。

 他人が変装して代わりに試験を受けていたなんてバレたら、大変なことになる。


(どうしよう)


 私は考えを巡らせ、グレンが納得しそうな話を創っていた。


「ええ。あるわよ」


 捏造した話をグレンに伝える前に、マリアンヌが言う。


「二学期から私に代わって、ロザリーがトルメン大学校に通っていたわ」

「お姉さま!!」


 マリアンヌが私たちの秘密をあっさりとグレンに白状した。

 この場を乗り過ごすための方法を必死で考えていたのに。

 私はマリアンヌの発言に慌てふためく。


「グレン、あなたも見てきたでしょう?」

「……ああ」

「池で溺れていたチャールズさまを助けたあの日から、私の学校生活は大きく変わってしまったの」

「そうだな。リリアンがマリアンヌを追い詰めてた」

「人って、ささいなきっかけで変わってしまうの。『おはよう』って挨拶してくれたクラスメイトから突然、無視される環境に、私は耐えられなかった」

「……悪い。俺も、その一人だった」


 一学期の出来事、私が知らないこと。

 それをマリアンヌとグレンは互いに思い出して、ぽつりぽつりと語る。


「私の支えだった耳飾りを奪われて、もう学校を、ピアノから逃げたいとまで思ったわ」

「よく、けろっとした顔で二学期来れたよなと思ったぜ。それに、二学期のお前、突然賢くなってさ、リリアンに仕返しとかして、すげえって感心しちまった。図書館で会ったのはロザリー、お前だったんだな」

「そうよ。ロザリーは私より凄いの!!」

「あの……、お姉さま、グレンに私たちのことすべてお話するのは―ー」

「いいの。ここで誤魔化しても、グレンはどこかで気づくわよ」


 私はマリアンヌに釘をさす。

 だけど、マリアンヌの話は止まらない。

 ずっと胸の内に秘めていたこと、私やクラッセル子爵に黙っていたことをここですべて吐き出すつもりのようだ。

 マリアンヌが音楽を辞めた理由。それはリリアンの虐めが原因だった。

 形見のピアスを奪われたことで心が折れてしまい、マリアンヌは音楽を捨てたいと言い出したのだ。


「私……、チャールズさまが嫌い」

「えっ」


 嫌い。

 マリアンヌが誰かを”嫌い”と聞いたのは二度目だ。


「あの時、チャールズさまを助けなければ、私は普通の学校生活を送れていたわ。つらい学校生活だったのはチャールズさまのせい」

「お姉さまは……、チャールズさまがお嫌いだったのですか」

「ええ」


 マリアンヌの気持ちを知らないまま、私は学校生活を送っていた。

 だけど、リリアンの虐めと戦うにはチャールズの力が不可欠だった。


「私があの人を助けたのは―ー、いえ、これは二人には関係のないことだったわ」

「……」


 マリアンヌがチャールズを助けたのには、ちゃんとした理由があるらしい。

 だけど、その理由をマリアンヌから語られることはなかった。


「お姉さま、ごめんなさい! 私、何も知らなくて……。チャールズさまと婚約することになって」


 私はマリアンヌが音楽を辞めたいという理由を知りたい。マリアンヌを二学年に進級させ、同じ学校で過ごしたいという一心で、突き進んできた。

 リリアンの虐めも、一人では解決できなかった。

 グレン、マリーンそしてチャールズがいるから乗り越えられた。

 だけど、結果的に嫌いな人と婚約してしまうことになってしまった。


「いいえ、ロザリーはよく頑張ってくれたわ。チャールズさまのことは、二学年から知ってゆけばいいの」

「でも―ー」

「チャールズさまとの婚約はクラッセル家にとっても良いことなの。あの人は、きっと私の事を大切にしてくれるわ。だからロザリーが気に病むことはないの」

「……わかりました」


 マリアンヌは取り返しのつかないことをしてしまった私に優しくしてくれる。失敗をしても、優しく包み込んでくれる存在。私はこれにずっと甘えてきた。


「二人とも、仲が良いんだな」


 私たちのやり取りを見ていたグレンが呟く。


「マリアンヌ、その……、俺――」

「グレンはロザリーを助けてくれたでしょ? だから、一学期の事は気にしないで」

「はあ~、俺もマリアンヌみたいなお姉ちゃんが欲しかったなあ」

「あら? グレンも私の弟になる?」

「冗談だよ、冗談」


 重い話はマリアンヌとグレンの冗談で締めくくられた。

 夜の庭園は冷たい風が吹いて寒い。長居していたら風邪をひいてしまうだろう。


「さあ、屋敷に帰りましょう」

「そうだな」


 マリアンヌはベンチから立ち上がり、地面に置いていた洋灯を拾った。

 中のロウソクは短くなっており、少し経ったら燃料が切れ、明かりが消えてしまうだろう。


「ロザリー」


 屋敷に帰ろうとしていたところで、グレンに引き留められた。


「グレンさん、どうされました?」

「”さん”付け、やめてくれよ。それがお前の素なんだろうけどさ、さっきの話聞いたら、気が狂うんだよ」

「……」


 学校にいたとき、私はマリアンヌとしてグレンと接してきた。

 私は物静かで大人しい女の子。明るくて活発なマリアンヌとは違う。


「……グレン」

「ロザリー、これからよろしくな! 編入試験の練習でピアノの演奏が必要になった時は、いつでも頼ってくれ」

「ありがとう……、ございます」


 私はグレンに感謝の言葉を送った。


「あとよ」


 暗闇でグレンの表情が見えない。

 言葉が詰まっているグレンはどんな顔をしているのだろうか。


「最後の試験……、助けてくれてありがとな。お前がいなかったら、学校に残れなかったよ」

「どういたしまして」


 グレンは私にお礼の言葉を言う。

 私は、それを素直に受け取った。

 

 

 

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