第52話 賑わう食卓

 マリアンヌとおしゃべりをしていたら、あっという間に夕食の時間になった。

 支度が出来た、とメイドに呼ばれ、私たちは食堂に向かう。


「おう」

「グレン」


 食堂にはクラッセル子爵とグレンがいた。

 どうやら二人は屋敷に帰って来てからずっと一緒にいたらしい。


「二人とも、さあ座って」


 私とマリアンヌはいつもの席に座る。

 いつもの栄養バランスの良い夕食とは違って、私とマリアンヌの好物ばかり並んでいる。

 飲み物だって、週に一度と言われている甘酸っぱい味のする泡の出た果実水だ。


「今日は客人もいる。乾杯といこう」


 クラッセル子爵がグラスを掲げる。

 それに合わせて私たちは互いのグラスを重ねる。

 カンっと乾いた音を合図に、食事が始まった。


「うん、旨い!」


 クラッセル家の食事は、特別な日があったとしても静かだ。黙々と食事を摂り、食後の紅茶がテーブルに置かれたところで、やっと会話が始まる。

 だけど、グレンは料理を口に入れるなり、感想を口にする。

 客人がいると、こうも雰囲気が変わるのだと私は思った。


「そうでしょう。ここの料理は一番美味しいの!」

「グレン君の口に合う料理でよかった」

「とっても旨いです!! この、生肉みたいなやつとか」


 マリアンヌとクラッセル子爵はグレンに話を合わせる。

 メイドの料理はとても美味しい。それに、私好みの味付けになっている。

 グレンが言っていた『生肉みたいなやつ』と言った料理は、ローストホルスといい、ホルスという家畜の肉を外側を高温で焼き、中を低温で長時間蒸したものだ。手を加えているため、お腹を壊すことなく肉の食感を味わえる、私の大好物だ。


「カルスーンではどういった料理があるんだい?」

「えっと、俺たちはパンも食べるけど、パスコっていうのをソースに絡めて食べることが多いです」

「パスコ? それは何かしら?」

「えーっと、学食で食べた”マロニ”っていう食べ物に似てる。細長くてさ、ゆでて食べるんだ」

「面白そうな食べ物だね。作り方を知っているなら、メイドに教えてやってくれないか」

「あ、はい。俺、知識しかないけど……」

「大丈夫よ」

「他には―ー」


 メヘロディ料理を口にしながら、私たちはグレンの祖国、カルスーン王国の郷土料理について話していた。

 異国の食文化。

 クラッセル子爵、マリアンヌ、グレンがその話題で弾んでいる中、私は静かに食事をしていた。


(マジル料理……、チャールズさま)


 私は一人、別の事を考えていた。チャールズさまと食べたマジル料理のことを。

 一緒にチャールズさまと食事をしていたとき、マリアンヌたちのように会話が弾んでいた。昼休憩があっという間で楽しかった。


「ロザリー?」

「お、お姉さま」

「ぼーっとしてどうしたの?」

「あ、その……、疲れが出てしまったようで」


 ふと、マリアンヌに声をかけられ、私はとっさに嘘をついた。

 言えない。みんなが楽しそうに食事をしている中、別の事を考えていたなんて。



 夕食を平らげ、食後の紅茶が置かれる。


「さて、今後の話をしようか」


 クラッセル子爵は、私とマリアンヌに向けて話をする。


「マリアンヌ、君はチャールズ第二王子と婚約した。タッカード家の公爵令嬢との婚約を破棄して、新たに君が選ばれた」

「……学校生活が始まりましたら、チャールズさまに尽くします。二度とこのようなことがないように」

「よろしい。次は、ロザリー、君にはトルメン大学校の編入試験が待っている。手続きはもう済んでいるから普通科の二年生への編入は出来るけど、君が目指すのは音楽科だ。音楽科の生徒になるために何が必要か、判るね?」


 私が始業式までの間にやることは決まっている。

 クラッセル子爵に問われ、私はすぐに答えた。


「音楽科に入るため、ヴァイオリンの腕を磨くことです」

「その通り。手が空いている時は、僕が君の指導に入る。いつもより厳しくするから覚悟しておいてね」

「よろしくお願いします。お義父さま」


 グレンやマリアンヌと合奏したけど、私のヴァイオリンの技術は以前より落ちた気がする。

 半年もヴァイオリンに触れていないから当然か。

 この期間はなまったヴァイオリンの演奏技術を師であるクラッセル子爵の指導を受け、元の水準に戻し、更に研ぎ澄まされたものにすること。


「ロザリー、頑張ってね」

「はい!」


 マリアンヌに声援を貰い、私の気持ちも引き締まる。


「じゃあ、僕は書類を片づけてくるよ。三人とも、おやすみ」

「おやすみなさい」


 クラッセル子爵は執務室へ向かう。仕事を片付けるためだ。


「マリアンヌ、ちょっと話があるんだけど」


 クラッセル子爵がいなくなったところで、グレンがマリアンヌを呼び出す。


「ここでは出来ないお話?」

「ああ」

「じゃあ、庭園に行きましょう」


 マリアンヌは通りがかったメイドに声をかけ、洋灯を貰う。

 日が沈んだ庭園は星空が綺麗だが、辺りが暗く、明かりがないと歩けないからだ。


「ロザリーもいらっしゃい」

「えっ」

「きっと、あなたにも関係があるお話でしょうから」


 グレンと二人きりで話をするものだと思っていたので、私は不意打ちをくらい、面食らった。

 私は断る理由もないので、二人について行く。

 屋敷を出て、庭園にあるベンチに私たちは並んで座る。


「それで、話ってなにかしら?」


 洋灯を地面に置き、マリアンヌは本題に入る。

 グレンは、真面目な顔で私たちにこういった。


「お前ら、俺に隠していることがあるだろ」と。

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