第47話 すべて上手くゆく
私が試験会場に戻ったとき、もうグレンは壇上に上がっていた。
(まだ、演奏は始まってない! まだ、間に合う!!)
私は急いで階段を降り、グレンの元へ急ぐ。
「グレン、お前、パートナーはどうした?」
「……一人で挑みます」
「分かった、だったら―ー」
「待ってください!!」
私はグレンと先生の会話に割り込んだ。
そして、自分のヴァイオリンケースを先生に見せる。
「お前は?」
「私は、ロザリー・クラッセルと申します」
「……先輩の秘蔵っ子か」
「私がグレンのパートナーを務めます!」
「突然現れて何を言うと思えば……」
「お願いします!」
私は先生に頭を下げ、グレンのパートナーを務めたいとお願いする。
私は半年間、音楽科の生徒として先生の指導を受けているが、変装を解いた今、先生は私、ロザリーの事を全く知らないはずだ。
けれど、クラッセル子爵の後輩で繋がりがある先生は、”ロザリー・クラッセル”のことを少しは知っているらしい。
「グレン! お前はそれでいいか?」
「あ、えっと……、はい。問題ありません」
「では、ロザリー・クラッセルをグレンのパートナーとして認める!」
ひとまず、試験資格は得た。
先生が私のことをクラッセル子爵から聞いているのであれば、実力も知っているはず。
私はケースからヴァイオリンを取り出し、グレンのいる壇上へあがった。
「おい、あんた……」
「マリアンヌお姉様からあなたの事を聞いています。”語り姫の戯曲”、私に弾かせてください」
「そっか。じゃ、よろしくな」
グレンは私が突然現れ、パートナーになったことに驚きはしたものの、”マリアンヌ”の名前を出したら何かを察したようで、それ以上何も言うことはなかった。
私とグレンはそれぞれの位置に立つ。
私は後ろにいる、グレンに視線を合わせ、合図を待った。
グレンが小さく頷く。
私とグレンの演奏が始まる。
”語り姫の戯曲”。
多くの作品を世に残したグリデルエ姫。しかし、彼女の人生は華やかなものばかりではない。
この曲は、そんなグリデルエ姫の人生を舞台として描いたものの一部だ。
グレンが戯曲の中で選んだのは、グリデルエ姫が作家としての才能を見出した箇所。彼女が有名人になる瞬間を表現したものだ。
マリアンヌも、その旋律が一番好きだと言っていた。
一国の姫として大切に扱われていたけれど、個人として見てほしいと願うグリデルエ姫の悩み。
楽器の演奏は平凡だと認めていたグリデルエ姫は、筆を執り、曲に合わせた物語を作った。それは次第に”戯曲”という形で脚光を浴びる。グリデルエ姫が自身の才能を見つけ、輝いたときの場面を表現した旋律は聴くものに感動を与える。
私はグレンのピアノの旋律に合わせて、ヴァイオリンを奏でる。
グレンは譜面通りに弾くため、とても合わせやすかった。
マリアンヌと苦労していた箇所も、グレンの演奏であれば苦ではない。
そして、あっという間に演奏が終わった。
私とグレンは先生と審査員に一礼する。
「グレンは合否を待て。ロザリーはーー」
「この後、マリアンヌお姉様の演奏だと聞いています。試験の邪魔はしませんので、お姉様の演奏を聞いてもよろしいでしょうか?」
「……まあ、いいだろう。後ろの適当な席に座りなさい」
「はい」
生徒は実技試験が終わったら、試験会場の外で合否が出るまで待機させられるが、部外者である私はここに残って、マリアンヌとチャールズの演奏を聞くことを先生に許可してもらった。
「演奏、ありがとな」
「いい結果が出ることを願っております」
私とグレンは短い会話をしたのち、別れた。
私は後ろの席に座り、グレンは試験会場を出た。
「次!」
私とグレンの演奏が終わり、次はマリアンヌとチャールズの演奏が始まる。
☆
六組の演奏がすべて終わった。
マリアンヌとチャールズの演奏は素晴らしかった。
試験であることを忘れ、私は演奏が終わった二人に拍手を送ってしまい、先生に怒られてしまった。
音楽科一年生の実技試験が終わり、あとは合否が出されるだけ。
けれど、合否が出る前にマリアンヌにリリアンが突っかかってきた。
「そんなの、ズルでしょ!?」
リリアンはマリアンヌに”一人で試験に挑め”と約束をしていた。
その約束を守れば、大切にしている耳飾りを返してやると。
しかし、マリアンヌはチャールズと一緒に実技試験を受けた。
リリアンとしては、約束を破り、ましては婚約者であるチャールズと一緒に二重奏をしたことに腹を立てているのだ。
「先生は認めてくださいました。ですので、減点なして評価されますわ」
「一人で試験に挑むって、わたくしに言ったじゃない!!」
「……言いました。ですから、その耳飾りはリリアンさまが持っていてくださいまし」
「それはいいわ。だけどね! チャールズさまと演奏するってなんなの? わたくしへの当てつけ??」
耳飾りの件は認めてくれたものの、リリアンの追及は止まらない。
マリアンヌはそこで口をつぐんでしまった。
私がマリアンヌをかばおうと前に出るのと同時に、チャールズがマリアンヌの隣に立った。
「チャールズさま、あなたはわたくしではなく、マリアンヌをかばうの?」
「当たり前だ。マリアンヌは、俺の新しい婚約者なのだから」
「……え?」
私もリリアン同様、チャールズの発言に開いた口が塞がらない。
マリアンヌがチャールズと婚約した、ということはーー。
「待ってください! こいつがチャールズさまと婚約したですって!? ご冗談を!」
「タッカード公爵を説得するには苦労したよ。数日前にようやく、お前との婚約を破棄することを認めてくれたのさ」
「う、嘘よ!! そんなの!」
「実技試験の合否が出たら、実家に帰ってタッカード公爵に確認するといい」
チャールズが私の前に現れなかったのは、リリアンの父親、タッカード公爵を説得していたから。説得は難航したものの、最後はタッカード公爵が折れたようだ。
そして、婚約を破棄したチャールズは、新たにマリアンヌを婚約者として迎えた。
メヘロディ王国としてはマジル王国と関係を深められるなら、婚約者が変わったとしても咎めはしないだろう。
「それで? 俺の婚約者が大切にしている耳飾りを、どうしてお前が持っているんだ?」
「そ、それは―ー」
「すぐにマリアンヌに返せ」
「……」
「返せ」
「返せばいいんでしょう! 返せば!!」
チャールズに圧力をかけられたリリアンは、自身の耳から外し、耳飾りをマリアンヌに乱暴に返した。
「リリアンさま……、ありがとうございます!」
マリアンヌはそれを大事に握りしめる。目には涙が流れていた。
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