第46話 意外な救世主


 私はトルメン大学校の食堂にいた。

 食事を摂っているのは、音楽科の生徒と補講をしている普通科の生徒だけ。

 いつもは、生徒たちの雑談で活気づいている食堂も、一年が終わる今の時期は静けさがあった。


「やあ、マリアンヌ!」


 この学校は貴族や王族が通うこともあり、個室があったりする。

 隣国マジル王国の留学生、チャールズ王子も食堂の個室を利用する一人だ。


「チャールズさま。お久しぶりです」


 チャールズは部屋の中に入っており、私の姿を見て声をかけてきた。

 私は一礼した後、そこに入った。

 個室には、マジル王国のお菓子と、緑色の飲み物が置いてあった。


「久しぶりだね、マリアンヌ。君に会えて嬉しいよ」

「ええ……」

「歯切れの悪い返事だね。君は嬉しくないのかい?」

「そんなことはありませんわ」


 私は話をそらすために、花の形にかたどられた淡い色のお菓子を小さな木のナイフで一口サイズに切り取り、口に入れた。舌触りがよく、甘い、優しい味がする。メヘロディ王国では食べたことのない不思議な食感のするお菓子だ。


「マリアンヌ、話って、なんだい?」


 チャールズが本題をせがむ。

 私は口直しに緑色の液体を飲んだ。紅茶ではない苦みが喉を通り、驚きのあまり、せき込んでしまった。

 私の様子を見ていたチャールズは笑っていた。


「ごほっ、ごほ……、ごめんなさい。私はチャールズさまにお願いしたいことがあってきました」


 せき込むのが落ち着いたところで、私は本題に入った。



 試験当日。

 先生に課題曲を伝え、試験資格を得たものの、実技試験に合格する秘策は何も思いつかなかった。


(お義父様……、約束守れなくてごめんなさい)


 私は心の中で、クラッセル子爵に謝罪する。

 これに合格できなければ、マリアンヌは音楽科には残れない。

 一般科目は基準を達しているので、普通科としては二学年に進級できるが、それではマリアンヌは屋敷に引きこもったままだ。

 音楽科の二学年として進級すること。それが私とクラッセル子爵が決めた最終目標だったのに、マリアンヌの耳飾りを取り戻すということに固執して、失敗に終わりそうだ。


 私は一人、自分の番が来るのを待っていた。

 結局、私は一人で弾く選択をした。


「次の者、前へ!」


 三組目の人たちが呼ばれた。彼らがステージに上る。


「はー、後は結果を待つだけね」

「リリアンさま、見事なヴァイオリンでしたわ!」

「あなたも、わたくしについて来てくれてありがとう」


 二組目はリリアンたちだ。

 演奏を終えた二人の会話を聞く。同級生の会話ではなく、従者の会話そのものだ。

 舞台袖に入ったリリアンは私の肩にわざとらしくぶつかってきた。


「二人で演奏する課題なのに、一人でいる子がいるんだけど!!」


 リリアンは私を見つけるなり、指し、笑いものにする。

 私はそれをぐっと堪えた。ムキになって喧嘩になったら、先生や試験官に悪い印象を与えてしまう。


「次の試験の邪魔だ! 終わったら出て行け」

「ふんっ」


 先生がリリアンに注意する。

 注意されたリリアンは、私を一瞥し、舞台袖から出て行った。


「マリアンヌ、頑張ろうな」

「ええ。頑張りましょう」


 演奏順はグレンが四番目、私が六番目、最後だ。


「じゃあ、俺、向こうに行ってるから」

「うん。演奏、頑張ろうね」


 グレンは私に声をかけてから、集中するために一人の世界に入った。

 そろそろ自分も集中しなきゃと思い、持っていた譜面を開いたところで―ー。


「マリアンヌ」

「チャールズさま!?」


 試験会場に突然チャールズが現れた。

 ここは関係者以外、立ち入り禁止のはず。

 そこにチャールズが登場し、私は驚きのあまり声をあげてしまった。

 三組目が演奏中だということに気づき、私は咄嗟に口元を抑える。


「急ぎの話があるんだけど……、こっちに来てくれない?」

「あの、私、これから試験がーー」

「まあ、それまでには戻るから!」


 半ば強引にチャールズに連れ出され、私は試験会場から出た。

 会場から死角になっている場所に連れていかれる。


「一体、なんの―ー」

「ロザリー」

「っ!?」


 私はチャールズに文句を言おうとした途端、懐かしい声で私の名を呼ばれる。


「マリアンヌお姉さま!! え? お姉さまが、チャールズさまと!? ど、どうして??」


 私の名を呼んだのはマリアンヌだった。

 マリアンヌはトルメン大学校の制服を着ている。でも、彼女のものは私が着ているのに。

 それに、チャールズの前で私の名前を呼んでいる。

 正体がチャールズにバレているってことなのか?


「ロザリー、今までありがとう。最後の試験は私がチャールズさまと一緒に弾くわ」

「え、でも、課題曲はーー」

「”落ちる太陽”でしょ? 任せて!」


 どうしてマリアンヌが、課題曲を知ってるの?

 訪ねたいことは沢山あるが、それを全て聞いていたら試験が終わってしまう。


「あの、それって実技試験のルールに適応されるのでしょうか」

「先生は”二人一組で弾け”としか言ってないはず。上級生の俺が出ても問題ないよ」

「えっ、チャールズさまって、音楽科だったんですか!?」

「そうだよ。俺は音楽科の二年生だ」

「……」

「俺がマリアンヌのパートナーを務める。リリアンに難題を突き付けられているらしいが、そんなの後でどうにでもなる」


 私が知らない間に、チャールズとマリアンヌが合奏することになっている。

 唖然としていると、私の前にヴァイオリンケースが差し出される。これは、クラッセル邸に置いてきた、私のヴァイオリンだ。


「あなたは、別の人を助けるべきよ」


 私はマリアンヌからヴァイオリンを受け取った。

 マリアンヌが私のカツラを外し、乱れた髪を撫でて整えてくれた。

 

「はい!」


 別の人、そう言われて浮かんだのは、グレンだ。

 グレンの課題曲は”語り姫の戯曲”。一度、弾いた曲だからきっと大丈夫。

 私は、グレンを助けるため、ロザリーとして試験会場に戻った。

 

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