第45話 願いを乞う
私は寮へ帰り、私室のベッドに埋もれていた。
こんなとき、同室のマリーンがいたら相談できたのに、彼女は実家へ帰ってしまった。
今、学校にいるのは音楽科の生徒と、補講で苦しむ普通科の生徒だけ。
「はあ……、どうしたらいいの」
私は一人、弱音を吐き出した。
グレンと連弾をするか、一人で弾くか。
連弾することを選べば、マリアンヌの耳飾りを返してもらえない。その代わり、実技試験に合格し二学年に進級できる確率はぐんと上がる。
一人で弾くことを選べば、耳飾りを返してもらえるものの、減点されたうえで実技試験を受けなければいけない。そしてグレンも同様に減点されたうえで実技試験を受験することになる。実力があれば、一人で受けても合格できるかもしれないが、可能性はとても低い。グレンならともかく、私にはそんな実力はない。
それに、グレンは特待生奨学金を得られなければ、退学するしかないときた。仮に合格したとしても、順位は二位以下になることは確実。
「グレンと一緒に弾いたほうが絶対いい……。それなのにどうして―ー」
頭ではグレンと連弾する道を選んだ方がいい。そう結論が出ているのに、心がそれを拒否する。
私の中で、マリアンヌは大切な存在。友人のグレンよりも。
そのマリアンヌが”無くした”と嘘をつき、泣く泣くリリアンに差し出した耳飾りを取り返したら、マリアンヌは『ロザリー、私のためにありがとう』と喜んでくれると思う。
「私、最低だ……」
グレンの人生を犠牲にしてまでも、耳飾りを取り返したいと思っている自分がいる。
「お姉さまだったら―ー」
マリアンヌだったら、グレンのために自分の大切なものを捨てる。悩んだりもせず、即決するだろう。
今まで、様々な局面でマリアンヌだったらどうする?と考えて行動してきた。でも、今はマリアンヌと真逆の行動をしたいと思っている。自分の意思でやりたいと感じているのだ。
☆
悩んで一日が経った。
私はグレンを呼び出し、自分の悩みをぶちまけた。
グレンは脈絡もないぐちゃぐちゃで感情的な話を黙って聞いてくれた。
「マリアンヌ、心配すんなって!」
すべてを聞き終えたグレンは、私ににかっと笑った。
「俺、トルメン大学校にこだわってねえからさ! 退学になっても平気」
「もし、そうなったらグレンはその後、どうするの……?」
「調律師とか楽器職人を目指す!! 全寮制で成績よければ学費タダの学校はいくらでもあるし、働きながら受験すればーー」
「あなた……、ものすごく前向きね」
グレンは特待生奨学金を剥奪されたら、次の夢に向かうようだ。一つの夢に固執せず次のことを考えているのは彼の性格なのだと思う。
「だって、特待生奨学金をいつまで貰えるか分かんねえし。俺はずっと次のことを考えてたぜ」
「えっ」
「それが今って事だけ。それだけのことだ」
「グレン……」
上位を取る。それは相当なプレッシャーだったはず。グレンは実技試験が近づく度、落ちた場合のことを毎回考えていたんだ。
「俺は友達のためなら、この学校を退学したっていい」
「……」
「だから、俺のことは気にすんな! リリアンから大事なもん、取り戻してこい!!」
「グレン……、ありがとう。あなたの気持ち無駄にはしないわ」
グレンに背を押され、私は実技試験を一人で受けると決めた。合格になる確率だってぐんと減るけれど、それでもマリアンヌの耳飾りを取り戻したい。
「……それでよ、お前は曲、決めたのか?」
「"落ちる太陽"にする」
選曲は二人でも、一人でも演奏時のインパクトを重視して、この曲にしようと考えていた。
太陽のような火球がマジル王国の大地に落ちた瞬間の表現が審査員に刺されば、一人でも得点が取れると考えたからだ。
有名な曲のため、二重奏や連弾ができるように編曲もされている。一人でも二人でも対応できるのも、この曲を選んだ理由だ。
「グレンは?」
「"語り姫の戯曲"」
"語り姫の戯曲"。これは三代目メヘロディ国王の娘、グリデルエ姫に贈られた曲だ。
グリデルエ姫は"語り姫"と言われており、多くの物語を創作した。当時の情勢を風刺した童話が多く、私のお母さんが遺してくれた本も、グリデルエ姫の童話集である。
この曲も、落ちる太陽と同じで、合奏用に編曲されたものがある。クラッセル邸の演奏室でマリアンヌと合奏したこともある。
「決まってんなら、もう先生に伝えに行くだろ?」
「ええ」
「変更は……、しないよな」
「しないわ」
どうして、念をおされたんだろう。
私はグレンの言動に訝しむも、彼の質問に答えた。
「決まったんなら、練習しねえとな!!」
「う、うん」
「じゃ、俺、これから用事あるから。じゃあな!!」
そう言って、グレンは去っていった。
(グレンと話せて良かった)
グレンの気持ちを聞けてよかった。彼は私を応援してくれている。
グレンの気持ちに応えたい。
私はモヤモヤした気持ちを吹き飛ばすために、両頬を強く叩いた。
☆
マリアンヌはここで終わっていいやつじゃない。
俺は一年、近くでマリアンヌを見てきた。クラスメイトとして、同じ音楽科の生徒として。
「チャールズ」
俺はマリアンヌの問題を解決できるかもしれない相手に会う。
庭園の噴水前、俺はここにチャールズを呼んだ。
「グレン、お前が俺を呼び出すなんてな」
トルメン大学校でなかったら、会って話すこともない相手。憎きマジル王国の王子。他国で出会ってたら、魔法で攻撃してる相手だ。向こうだって、似たような考えをしているだろう。
「来るとは思わなかった。来てよかった」
「お前と長く話したくない。早く、用を話せ」
チャールズの言う通りだ。俺だって、こいつと長く話したくない。
「……頼む、お前の力を貸してくれ!!」
俺はチャールズに頭を下げた。
「嫌だ」
チャールズは俺の頼みをすぐに拒否した。
そりゃそうだ。俺の頼みをこいつが聞くはずがーー。
「だが、マリアンヌに関わる願いなら……、聞いてやる」
「あ……」
聞き間違いじゃないか。
俺は顔をあげ、チャールズを見る。こいつは目元を緩め、微笑んでいた。
「どうしてそれをーー」
「俺を頼るなんて屈辱的なこと、自分のためにはやらないだろう」
「まあな。そうだよ、マリアンヌのことだよ」
チャールズがマリアンヌの抱えている問題を解決してほしい。そう思いながら俺は話を始めた。
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