第18話 無視するクラスメイト

 校舎に入り、私は教室を目指した。

 マリアンヌのクラスは手紙で知っている。

 トルメン大学校は普通科と音楽科の二つがある。

 普通科は一般教養を身につけ、音楽科は楽器の演奏を極めることを目的としている。

 音楽科を目指してこの学校に入る生徒が多いのだが、実技試験を合格したとしてもふるいにかけられる。先ほどリリアンが私に向かって「落第寸前」と言ってたのは、マリアンヌの最終成績が落第ギリギリだったからだろう。

 落第したら音楽科には在籍できない。

 落第した生徒に残されるのは、普通科に転科するか、他の学校の音楽科に編入するかである。

 転科する生徒のためなのか、一学年では普通科と音楽科の生徒が混同したクラスになっている。


(お姉さまは特待生枠で入学したけれど……)


 クラスへ向かう途中、私はマリアンヌが学校でどういう扱いを受けているか考えた。

 マリアンヌは入学試験上位二位しか得られない”特待生枠”で入学した。

 音楽科の特待生。

 この肩書ならば、クラスから一目置かれる存在になっているはず。

 だけど、出会い頭にリリアンから高圧的な態度を取られているとなると、人間関係は最悪だと思ったほうがいいだろう。


 私は自分のクラスの中に入る。


「ごきげんよう」


 教室の中にいたクラスメイトに声をかける。

 彼らは声をかけてきたのが私だと分かるなり、視線をそらされ、声を掛けられなかったかのように振舞う。

 無視されてる。

 私の嫌な予感は的中した。

 マリアンヌはこのクラスで虐められていたんだ。

 私は挨拶を無視されたことで、マリアンヌが置かれていた状況を理解する。


(ロッカーを見てみよう)


 こういった状況に置かれていたのなら、私物をしまう場所、自分の目に届かない場所は悲惨なことになっているだろう。

 私はすぐに、マリアンヌの私物をしまうロッカーへ向かい、それを開けた。


「ああ……」


 ロッカーの中の惨状に、思わず声が漏れた。

 紙ごみ、生ごみがぶちまけられている。

 教室にあるごみ箱の中身がそのまま入っているみたいだ。


「ゴミ箱かと思ったわ」

「きったねえ」

「どおりで臭いと思ったんだよな」


 ロッカーの惨状を見て、クラスメイトだろう人たちがクスクスと笑っている。

 悪意がはっきりとマリアンヌに向けられている。


「……」


 これでは荷物をしまえない。

 ロッカーを閉じ、ため息をついた。


(これは、お姉さまには耐えられないわ……)


 マリアンヌは皆に愛されて育った。集団生活はこれが初めて。

 意図的に無視され、悪態をつかれる生活なんて耐えられないだろう。



「な、何とか終わったわ……」


 始業式が終わり、私はほっとしていた。

 雰囲気が最悪なのは自分のクラスだけで、他はマリアンヌに対して普通だった。

 ただ、リリアンが現れると皆よそよそしくなる。彼女はタッカード公爵家の令嬢で、王族と近しい血筋。

 タッカード公爵家は国営の劇場と楽団を管理しており、クラッセル子爵にも関わりが強い。タッカード公爵家に嫌われたら、劇場での演奏する機会を失ったも同然。だけど、クラッセル子爵は首都での演奏会にも普通に参加している。

 リリアンの嫌がらせは、家とは関係ない個人的なもの。


「マリアンヌ!」

「……リリアン様」

「なーに? わたくしからわざわざ声をかけたというのに、嫌そうな顔をするのね」


 声をかけてきたのはリリアンだというのに、反応すると高飛車な声で嫌味なことをいう。

 内心、私はリリアンと話すことにうんざりしているが、マリアンヌはそんな時でも笑っている。

 今の私はマリアンヌ。リリアンの嫌味を笑顔で返した。


「あんたの顔、いつも笑ってて気持ち悪いわ!!」


 やっぱり。虐められていても、マリアンヌは笑みを絶やさなかったらしい。


「ご用はそれだけですか? 私、部屋に荷物を置きたいの。お先に失礼しますわ」

「もっと酷い目に合わせてやるんだから!!」


 こういう人間は挑発にのらなければいい。

 リリアンの脅しに怯えたり、ムキになったりすれば、相手の思うツボだ。

 私はリリアンに頭を下げ、彼女から離れた。


「公爵令嬢に嫌われるなんて……、厄介ね」


 寮の私室に着いた私は、トランクを置き、独り言を呟いた。

 ロッカーの件については、リリアンが主犯で間違いないだろう。別れ際に捨てセリフを吐いたのが決定的だ。

 それはクラスメイトも分かっている。彼らは主犯がリリアンだから相手が反撃することもないと、加担しているようなもの。


「もし、リリアンの虐めが無くなったら―ー、お姉さまは学校に通おうと思ってくださるかしら」


 虐めを無くすのは難しい。

 けれど、達成できれば、マリアンヌが復学する可能性は高い。


「よしっ、決めた」


 クラッセル子爵に見つかるまでの間、私はマリアンヌに扮してリリアンの虐めを辞めさせる。

 学校内での立ち回りを決めた私は、計画を立て、明日に備えて眠る。

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