第19話 悔しがる顔が見たい

 朝早く起きた私は、寮の仕事をこなし、いち早く自室へ戻った。

 一日の授業内容を一目で理解したあと、教科書を一読する。


「私の記憶力だったら、教科書が無くとも一日乗り切れる」


 教室に私物を持ってゆけば、リリアンたちに奪われてしまう。だからロッカーに私物は絶対入れたくない。

 ロッカーに私物を入れない方法として、私は自分の特技、記憶力を生かすことにした。

 教室に持ってゆくのは、手のひらに収まる小さなノートと先端が金属のメタルペンだけ。インクが入ったペンを持っていったら、転ばされた時、制服にインクが滲んでしまうかもしれないから。

 私が着ている制服はマリアンヌから貰ったもの。絶対に汚したくない。


「これで私物を心配することはない」


 ここに置いておけば、危害が加わることはない。

 私と同室なのが、同じクラスのマリーンだから。

 マリーン・キスリングはトルメン大学校、校長の娘。クラスでリリアンの次に発言力が強い。けれど、私を味方しても利点が何もないからか、虐められている所を傍観しているだけ。虐めに加担することはないだろう。


「昨日でクラスの雰囲気は分かったわ。今日は授業の範囲を知らなきゃ」


 音楽科といえども、勉強はある。

 とはいえ、座学は経済などの授業はなく、国語と音楽史くらいだ。

 今日は長期休暇明けの実力テストがあるらしい。これはリリアンを負かせるチャンスだ。

 勉強が苦手なマリアンヌだったら苦戦しただろうけど、町一番の学校に通っていた私にとっては余裕。


「今日が二学期初日の授業よ。リリアンの悔しがる顔、拝みにいこっと!!」


 私は教科書の内容を頭に叩き込み、自分のクラスへ向かう。



 午前の授業が終わり、昼食の時間になる。


「なにあいつ! むっかつくんですけど!!」


 リリアンが悔しがっている。私はその顔を見るだけで優越に浸っていた。


「落ち着いてくださいリリアン様」

「そうです、マリアンヌが急に賢くなるなんて……、カンニングしたに違いありません!」

「先生をかどわかしてテストの問題を教えてもらったんですよ! そうに決まってますわ!!」


 リリアンの取り巻きの女生徒二人が、不機嫌な彼女をなだめている。

 葉を食いしばり、私をギリギリ睨みつけて悔しがる姿は、見ていて爽快だ。自然と笑みもこぼれてしまう。


「カンニング? 私、そんな愚かなことは致しませんわ」


 リリアンが悔しがっているのは、彼女が私にテストの成績で負けたからだ。

 クラス内で完結すること、私のロッカーにゴミを入れることは誰かに指示をすれば、先生にとがめられたとしても責任逃れができる。

 だけど、テストの点数は実力がものをいう。事前に工作することも可能だが、勉強が苦手なマリアンヌが高得点を取って一番になるなど、クラスの誰もが想像もしないのでその心配はない。


「カンニングと口になさるということは……、リリアン様はカンニングしたことがありますの!?」

「す、するわけないじゃない!!」

「でしたら……、先生をかどわかしたことは?」

「ふざけないでよ! わたくしが不埒なことをするように見える!?」


 リリアンはカンカンに怒っている。

 当たり前だ。私がわざと煽っているのだから。

 公爵令嬢が異性と不埒なことをしていると発言し、周りが変な空気になるだけでいい。

 やってようとなかろうと、一度噂になってしまえば、段々と話が大きくなってゆき、私の虐めよりも興味のそそられるスキャンダルになる。

 クラスメイトの関心をリリアンのスキャンダルで上塗りをすれば、主犯とその仲間以外は私の虐めに興味が無くなる。それが私の狙いだ。

 リリアンは私の思った通りに動いてくれている。

 ここで、とどめを刺す。


「見えますわ」

「っ!?」

「あなた、他人を陥れるためなら手段を択ばなさそうですもの」

「……」

「心当たり、ありませんこと?」


 マリアンヌなら絶対に言わない。

 言わないからこそ、リリアンに効果がある。

 リリアンはマリアンヌを陥れるために虐めているのだから。心当たりがないとは答えられない。

 私の問いに、リリアンは逃げられないのだ。


「うるさい、うるさい、うるさい!!」


 言い返せないリリアンは怒りの感情をあらわにした。彼女の悲鳴に近い奇声が教室中に響く。

 クラスメイトたちが聞き耳を立てるのをやめ、リリアンに注目した。


「たった一回のテストで満点取ったからって、いい気にならないでよね! 実技ではぶっ潰してやるんだから!!」

「それは楽しみですわ」

「きー、むかつく!!」


 たった一回のテストではない。これからは全部取りにいく。

 今回のテストがまぐれじゃないことをリリアンに見せつけるのだ。


「マリアンヌがリリアンさまに反撃したぞ」

「おもしれーじゃん」

「マリアンヌの言う通り、リリアンだったらやりそうだよな。色仕掛け」


 周りのひそひそ話も、リリアンの噂話で持ち切りだ。

 もう一言、リリアンを刺激することを言ってみよ―ー。


「もう話は終わったかな?」


 男の声で場の空気が一瞬にして変わった。

 廊下に、身長が高く、目鼻がはっきりとした美少年がいる。一目で貴族だと分かる雰囲気を纏っている。


「マリアンヌ、一緒に昼食を摂らないかい?」

「えっ?」


 私は美少年に呼び出されるなんて、この人は誰? マリアンヌとどんな関係なの?

 

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