第16話 家を出る
部屋に戻った私は、マリアンヌに貰った制服を着てみる。
胸元が少し緩いけれど、それ以外はぴったりだ。
全身鏡にトルメン大学校の制服を着た自分が映る。
(……着れるわね)
制服のサイズが合っていることを確認すると、私は衣裳部屋からあるものを取ってきた。
それは、マリアンヌの髪色に似たカツラだ。
カツラを被り、くしで髪を整えるとマリアンヌに似せた自分が鏡に映った。
「マリアンヌに……、見えるわよね」
私とマリアンヌは顔が似ている。彼女と違うところといえば、髪の色と肌の色だ。
マリアンヌはふわふわとした金髪で真っ白な肌だ。
ふわふわとした金髪のカツラは、以前クラッセル子爵を驚かせるために使ったもの。真っ白な肌はドレッサーの中にある化粧品を使えば誤魔化せるはず。
(やるしかないのよ)
私がこれからやろうとしていることは、身勝手なことである。拾って大事に育ててくれたクラッセル家の意に背く行為だ。
だけど、今動かなければ、養女の私がクラッセル家を継ぐことになる。
マリアンヌに音楽を続けてほしい、家を継いでこの屋敷にいてほしい。
「お義父さま、マリアンヌ……、私の我儘を許してください」
私はトランクにカツラ、脱いだ制服、化粧品を詰め込む。他には私が大切にしているものを入れた。
荷造りを終えると、私はベッドに横になる。
明日は早い。私はすぐに眠った。
☆
「ロザリーさま、おはようございます」
「おはよう」
朝、メイドに起こされるよりも早く目覚めた私は、トランクを持って屋敷を出た。
馬車がある小屋へ向かうと、従者が馬の調子を診ていた。
「町まで馬車を出してほしいの」
「え? 予定よりも早いですが」
「学校でやることがあるの。だから早く行きたいのよ」
「では、旦那様に―ー」
「お義父さまには私が先に伝えたわ。だから、馬車を出してちょうだい」
「かしこまりました。少々お待ちください」
戸惑いながらも従者は馬車を出してくれた。
心臓がばくばくしている。私の嘘が従者にばれていないか心配になっている。
(大丈夫、堂々としなさい)
手を胸にあて、深呼吸をする。
「準備が出来ました。お乗りください」
「ありがとう」
御者に声をかけられはっとする。
御者台に乗っており、手綱を持っている。
私はトランクを持って、中に入った。
「では、町まで行きます」
「おねがいします」
私は馬車に乗り、町まで向かう。
予定より早く、家族に告げずに一人で。
☆
「着きました」
町に着いた私は、馬車から降りる。
「帰りはいつですか?」
「えっと……、今日から一週間、朝研修があるの。だからその間は友達のシャーリィの家にお世話になるわ。迎えの時刻は手紙で伝える。お義父さまにもそう伝えているから、報告しなくていいわよ」
「はあ……、あっ! かしこまりました。では私はこれで」
馬車の中で練った嘘の話を御者に伝え、彼を屋敷へ帰らせる。
御者は私の話を理解するのに時間がかかったが、疑問を抱かず屋敷へ帰ってくれた。話を全て理解しているならば、クラッセル子爵に報告はしない。時間は稼げるはずだ。
町へ着いた私は、お金を握りしめ、馬車を探した。
少し歩くと、客に売り込みをしている御者を見つけた。
「あの」
「ああ、クラッセル家のお嬢ちゃんじゃないか」
(私の事、知られているのね)
御者は私の事を知っている様子。
この町はクラッセル家の領地でもある。領主の娘の顔を知っている住人も少なくない。
「首都へ行きたいの。これで足りる?」
「足りますが……、お嬢ちゃんなら専用の馬車があるのでは?」
まずい。
御者の反応を見て言葉に詰まった。
ここで変な反応をしたらクラッセル子爵に私の事を伝えてしまうかもしれない。
でも、この御者の言う通り、クラッセル家の令嬢が首都へ向かうなら専用の馬車を使う。
下手な嘘はきっとばれてしまう。だとすればやることは一つ。
「……家出です。お義父さまには内緒で首都へ行きたいの」
私は御者に事実を伝えることにした。
それを聞いた御者はヒューと口笛を吹いた。
私は御者の手に金を置く。提示した金額よりも多く。
それを握りしめた御者はニヤリと笑った。
「まいどあり」
こうやってクラッセル子爵にばれることなく、私は一人、首都へ辿り着いた。
☆
首都に着いた私は、誰も通らない路地裏で服を脱いだ。
そしてトランク詰めた、トルメン大学校の制服を着る。
束ねた地毛をネットにまとめ、金髪のカツラを被った。くしで乱れた部分を整え、ハーフアップにする。
化粧品で顔を真っ白にし、コンパクトミラーで確認する。
(私はマリアンヌ、私はマリアンヌ、私はマリアンヌーー)
身支度を整えた私は、路地裏から表通りへ出た。
心の中で、自分はマリアンヌだと暗示しながらトルメン大学校へ向かう。
私はマリアンヌが音楽を辞める理由を突き止めに、彼女に変装してトルメン大学校に潜入する方法を選んだのだ。
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