第15話 ロザリーの決心

 長期休暇の最終日の夜、私はクラッセル子爵に呼び出された。

 コンコン。

 私は執務室のドアを二回ノックする。


「ロザリーだね。入っておくれ」


 私は言う通りに執務室へ入る。

 

「さて、マリアンヌの件だが―ー」


 クラッセル子爵が私を呼びだした理由。それはマリアンヌの退学の話だ。彼は、それを保留にしていたが長期休暇が終わる今に決断したようだ。


「僕はマリアンヌの意思を尊重しようと思う。音楽の道を諦めたのは残念だが―ー」

「そう……、ですか」


 クラッセル子爵はマリアンヌの見合い相手を探すことに決めたようだ。

 私はクラッセル子爵の決断にショックを受けた。


「クラッセル家を継ぐのは……、ロザリー、君だ」

「……はい」

「そうなると、音楽科に編入する必要がある。希望はあるかい?」


 私を執務室に呼んだのは、進路を変更するためだ。

 私がクラッセル家を継ぐとなると、音楽科を卒業しなければならない。今の学校には音楽科はないから、他の学校に編入しないといけない。


「……気持ちが追い付きません。考えさせてください」

「わかった。私もツテをあたってみる。次の長期休暇で話し合おう」

「分かりました」


 話を終えた私は、執務室を出た。



 私室に入った私は、ベッドに飛び込み、ため息をついた。

 事態は悪い方向へ向かっている。何もしなければ、マリアンヌの見合いが始まり、私は今の学校からクラッセル子爵が決めた音楽科へ編入することになる。


(お義父さまの言う通りにした方がいいのかしら)


 私はもやもやした気持ちを払うために、ベッドでゴロゴロと転がる。

 他の学校に編入することに不満はない。ヴァイオリンの練習を怠らなければ、編入試験に受かるだろうし、卒業も苦ではないだろう。

 私がもやもやしているのはマリアンヌのことだ。

 マリアンヌがトルメン大学校を辞める理由は、長期休暇の間で断片的に出てきた。

 ピアノを弾く理由を失ったと、形見の耳飾りを無くした、だ。


(それだけじゃ、納得できないわ)


 マリアンヌがトルメン大学校を辞める本当の理由を知るには―ー。

 私はベッドから起き上がり、部屋を出た。

 部屋を出た私はマリアンヌの私室のドアをノックする。


「ロザリー? 夜、遅くにどうしたの?」

「……お姉さまとお話がしたくて」

「私もロザリーとお話したいわ! どうぞ、入って!!」


 マリアンヌの部屋に招かれる。以前の彼女の部屋は音符がデザインされたクッションなどのグッズが置かれていたのに、今はそれらが処分されており、質素な部屋になっていた。

 私は二人掛けのソファに座る。マリアンヌは私の隣に座り、微笑んでいる。


「ロザリーは明日から学校へ行くのよね」

「はい。夕方には屋敷に帰ってきます」

「お父様は仕事があるし……、一人になってしまうわね」


 長期休暇が終われば、私は町の学校へ行く。

 町までは馬車で片道三十分。授業を終えて帰ってくると夕方になる。


「あの……、私、お姉さまにお願いをしに来たんです」

「お願い? ピアノは弾かないわよ」

「お姉さまが着てた、制服を頂きたいのです」

「制服?」


 私のお願いにマリアンヌはきょとんした顔をしていた。

 マリアンヌは衣裳部屋からトルメン大学校の制服を取ってきた。

 栗色の胸元に校章が縫われたワンピース型の制服。マリアンヌからそれを受け取る。


「どうぞ」

「ありがとうございます」

「その制服、何に使うの?」

「えっと……、トルメン大学校の制服ですし、身に着けてみたくて」

「ふーん。もう着ないものだから、ロザリーにあげるわ」


 マリアンヌからトルメン大学校の制服を貰えた。

 私のお願いを不思議に思ったマリアンヌに訊ねられる。

 私は適当に答えると納得してくれた。


「用事はそれかしら?」

「はい」

「夕食のあと、お父様に呼ばれていたけど、何を話していたの?」

「……私の将来についてです。今通っている学校から、音楽科へ編入しようという話ですね」

「ロザリーがクラッセル家を継いでくれるなら、安心だわ」

「本気でそうおっしゃってるんですか?」

「ええ。私よりもロザリーは賢いもの。お父様をサポートしてくれると信じているわ!」


 本当にいいの?

 マリアンヌの発言を聞いて、私はそう思った。

 私はマリアンヌに音楽を辞めてほしくない、男の人と結婚してほしくない、クラッセル家を継いでほしい。彼女の願いと反する感情が胸の中でぐるぐるとまわる。


「学校の支度があるので、部屋に戻ります」

「そう……。また、お話しましょうね」

「はい。おやすみなさい、お姉さま」

「おやすみ、ロザリー」


 マリアンヌから受け取った制服を強く握りしめ、私は彼女の部屋を出た。

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