第14話 おそろいのピアス
クラッセル子爵が「町へ出掛けよう」と言い出して、三日後。
「お姉さま、素敵なドレスですね」
「ありがとう」
私はマリアンヌを二日説得し、屋敷の外へ出すことに成功した。
今は馬車の中、町へ向かっているところだ。
クラッセル子爵は私たちより先に町に着いていて、生徒にヴァイオリンの指導をしている。私たちとはそれが終わったら合流することになっている。
マリアンヌはどのドレスを着ても美しい。けれど、彼女の笑顔はない。
「あの、お出かけは楽しくないですか?」
「お父様の魂胆なんて見え見えよ。ピアノを弾かせようとしたらすぐに屋敷に帰るからね」
私もクラッセル子爵と同じ企みを持っているけれど、口には出さなかった。
これでは、ピアノを辞める本当の理由がマリアンヌから語られることはなさそうだ。
外出作戦は、町へ着く前に失敗している。
「でも、屋敷にずっといるのは飽きたわ。気分転換にはいいかもね」
「そうですよ! マリアンヌお姉さまはどこへ行きたいですか?」
「そうね……、新しいアクセサリーを買いたいわ」
お出かけとなると、マリアンヌは譜面屋へ向かい、新しい譜面を購入していた。そんな彼女が”アクセサリーが欲しい”と言い出すなんて。
外に出てもマリアンヌの気持ちは変わらない。
☆
馬車に揺られ、私とマリアンヌは屋敷から近い町に着いた。
町に着くなり、マリアンヌはきょろきょろと辺りを見ている。
町の人たちはマリアンヌに注目している。特に男の人たちは彼女をみてひそひそ話をしていた。
「さあ、行きましょう!」
そして商店街のほうへ私を連れてゆく。
商店街に入ると、庶民向けの店と私たちのような貴族や裕福な家庭が利用する高い店が並んでいる。
「お姉さま、アクセサリー店はこちらですよ」
私はマリアンヌが進む道に疑問を抱き、正しい道を指す。
「今日は違う店に行きたいの。だって、貴族ではなくなるかもしれないもの」
マリアンヌは笑顔で答えた。
私はマリアンヌの答えに耳を疑った。
マリアンヌが子爵令嬢でなくなる。それは別の家に嫁ぐということ。彼女がいつもの店ではなく庶民向けの店に行きたいと言い出したのは、庶民の生活を体験したいという現れ。
「ロザリー、学校のお友達から聞いていないかしら」
「そうですね」
庶民向けのアクセサリー、私の学校では小さな飾り石が付いた首飾りが流行っていたきがする。制服で隠れるので、交際している男女でおそろいのものを購入しているとも。
「ネックレスはいかがでしょうか。小さな飾り石がついているもので、手頃な値段で買えます」
「そう。じゃあ、それが欲しいわ。どこに行けばいいの?」
「こちらです」
私はマリアンヌを目的の店まで案内した。
庶民では普通の店だとしても、私たち貴族にとっては治安の悪い店である。
私もマリアンヌも一目で貴族だと分かる恰好をしている。普段ならば、通行人は私たちに気にすることなく買い物をするのだが、ここでは―ー。
「かわいいお嬢ちゃんたち、今からどこにいくの?」
やっぱり。
男に声をかけられた。
長身で見た目も悪くない。だけど洋服は粗末な生地を使っていて、私たちとは釣り合わない。
私は男とマリアンヌの間に入り、きっと睨みつけた。
「おお怖い。俺、君の後ろにいる可愛いお嬢ちゃんとお話したいんだけど」
「私たち、用事がありますので。他を当たってください」
私は男の誘いをきっぱりと断る。
『お嬢ちゃんたち』といったものの、男はマリアンヌだけを見ていた。
「ロザリー、この人はあなたのお友達?」
男に町で声をかけられるといった経験が無いマリアンヌは呑気に私に話しかけてくる。
「違います! お姉さま、アクセサリーを買いに行くんでしょう。この男と話していたら、選ぶ時間も無くなりますよ! あっ」
マリアンヌが話しかけてくるものだから、失言してしまった。
男に目的地を告げてしまった。
私はマリアンヌの腕を掴み、男を避けて突っ切ろうと思ったが、彼は私の前に立ちはだかる。
「ふーん、アクセサリーねえ」
「あなたには関係ないでしょう! 私たちは急いでるんです。道を通してください」
目的地を知った男は、ニヤついた顔で私たちを見る。気色が悪い。
「あの、ロザリーが言った通り、私たち時間が無いの。そこを通してくれないかしら」
「あんたが俺の話し相手になってくれるんだったら、いいぜ」
「えっと……、ロザリー、どう答えたらいいの?」
じっとしていられなかったマリアンヌが、男に声をかけた。
こうなれば男の思うつぼ。彼はマリアンヌに条件を出す。
このような状況に慣れていないマリアンヌは私に助けを求める。
「……お姉さま、買い物は諦めましょう。早いですが、お義父様と約束したレストランへ向かいましょう」
「ええ~!」
「道が塞がれているんですもの。仕方ありません」
「そう……。ロザリーが言ってたネックレス、気になっていたのに」
「また今度来ましょう」
「……分かったわ」
私は来た道を戻ることを選んだ。
先には進めないけれど、戻ることは出来る。
マリアンヌは始め、嫌そうな顔をしていたが、私の提案をしぶしぶ受け入れてくれた。
マリアンヌが後ろを向いたと確信してから、私は再び男を睨んだ。
「次やったら……、覚えてなさいよ」
怒りを込めた声で私は男に言う。
男はチッと舌打ちしたのち、その場からいなくなった。
☆
「本当に気になっていたのよ。この目で見てみたかった」
戻っている間、マリアンヌはアクセサリー店へ行けなかったことを悔しがっていた。
「あの、ネックレスはともかく、お姉さまはアクセサリー店へ行って何を買いたかったのですか?」
「……ピアスよ」
マリアンヌは自身の前髪を耳にかけた。
「あっ」
私はマリアンヌの耳に、薔薇を模した赤い耳飾りがないことに気づく。
私とマリアンヌは十五歳になったお祝いとして、色違いの耳飾りを貰った。
これは亡くなったクラッセル夫人、マリアンヌの母親の形見であり、彼女の遺言でマリアンヌが成人したら渡してほしいと言われた形見。
私のものはクラッセル子爵が職人に依頼し、同じものを作らせたのだという。
私たちはその日にピアスの穴をあけ、大事な日に身に着けようと誓い合った。
「……無くしてしまったの」
マリアンヌは悲しい表情を浮かべる。口元をきつく噛み、泣きそうな気持ちに耐えているみたいだ。
「トルメン大学校でですか?」
「それは言えないわ」
私の問いを否定したが、それがほぼ答えだ。
マリアンヌは大切な形見の耳飾りをトルメン大学校で無くしてしまったのだ。
もしかしたら、それが学校を辞めようと思った原因?
「お母さまの形見を無くしてしまったの。お父様にも言えないわ……」
「私にいい案があります」
「えっ?」
「動かないでくださいね」
私は片耳の耳飾りを外し、それをマリアンヌに付けた。
「これで、私とおそろいです。私のものは、クラッセル夫人の形見ではないですが……、同じ職人が作ったものです。私と同じものを付けたくなったとお義父様に言えば、言い訳にはなるでしょう」
「ロザリー……、ろざりぃ~~」
マリアンヌは私をぎゅっと抱きしめる。
「私も、お母さんの形見をめちゃくちゃにしてしまいました。ですが、それがきっかけでお姉さまに出会うことが出来ました。私は、お姉さまに出会えて幸せです」
私は想いをマリアンヌに打ち明ける。それに応えるかのように、私を抱きしめる力が強くなる。
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