第7話 僕のことはーー

 屋敷に来てから数週間が経った。

 数週間経っても、私はそわそわして落ち着きがない。

 マリアンヌの私室の隣に用意してくれた私の部屋は、フカフカなベッドはもちろん、花と葉が彫られた木製のドレッサー、小物や装飾品をしまうキャビネット、小部屋のように広いクローゼットがある。どれもマリアンヌと同等な家具であり、私はクラッセル家に”拾われ”、家族の一員として迎い入れられたのだと実感する。一つ彼女と違う部分があるとすれば七段の本棚があるところだろうか。


「おはようございます。ロザリー様」

「おはよう……、ございます」


 朝、決まった時間になるとメイドが私を起こしに来る。

 コンコンとドアをノックしたのち、ドアを開けて部屋に入ってくるのだ。

 メイドはふっと笑みを浮かべる。

 部屋を訪れる前に目覚め、部屋着に着替えているからだろう。


「顔を洗いましたら、食堂へいらしてください。子爵様がお待ちです」

「はい。いつも、お疲れ様です」

「お気遣いありがとうございます。では、失礼いたします」


 深々と頭を下げ、メイドは部屋から出て行った。

 毎朝、違うメイドが私の部屋を訪れるけど、彼女たちと交わす会話は同じものだ。

 私はメイドと会話したら、すぐに自分の部屋を出る。一階にある洗面所へ向かい、自分の顔を洗って、長い髪を三つ編みにし、クラッセル子爵が待っている食堂へ向かう。


「おはよう」

「おはようございます。クラッセル子爵」

「……」


 縦長の大きなテーブルに、三人分の朝食が置いてある。

 私はクラッセル伯爵の向かいの席に座った。

 隣にはマリアンヌの食事が置かれてある。けれど、彼女は席についていない。


「ロザリーは早起きで偉いね」

「いえ、孤児院では決まった時間に起きて、掃除や調理の手伝いをしていましたので……、癖、でしょうか」

「マリアンヌも見習ってほしいものだ」


 クラッセル伯爵は、空席を見つめ、ため息をついた。

 私と同じように、マリアンヌの部屋にも毎朝メイドが起こしに来るのだが、マリアンヌは朝に弱く、目覚めるのにとても時間がかかる。遅かったときは、私とクラッセル子爵が食事を終えた頃に、大きな欠伸をして食堂へ入ってきたことを覚えている。

 いつもは、可憐で優雅なマリアンヌでも、朝は同い年の女の子みたいな反応をするので、その対比が可愛らしいと私は思っている。


「スープを出してくれ」


 クラッセル子爵はメイドにそう言った。

 湯気が出ている暖かいスープが食卓に置かれたら、私たちは朝食をいただく。


「今日も我々に恵みをくださる神に感謝し―ー、いただきます」

「いただきます」


 今日もマリアンヌは間に合わなかった。

 私とクラッセル子爵は黙々と朝食をいただく。

 レディは口の中に食べ物をいれたまま、会話をしてはいけないからだ。

 マリアンヌにそう教えられた私は、食事のマナーとして従順に守っている。


「ロザリー、屋敷の生活には慣れたかい?」

「んっ、くっ! は、はい! こほっ」


 沈黙を破るようにクラッセル子爵が声をかけてきた。

 その時、私の口の中にはパンが入っている。

 私はクラッセル子爵の話題に応えるため、口の中にある食べ物を素早く飲み込み、返事をした。

 返事をしたものの、食べ物が喉に引っ掛かり、私は何度も咳をする。


「ロザリー!」


 クラッセル子爵が席を立ち、私の元へ駆け寄る。

 私の背中に、大きな手が置かれた。それは、私の背を優しく撫でる。

 咳が収まったところで、差し出された水を一気に飲み干した。


「クラッセル子爵……、ありがとうございます」

「もう、その呼び方はやめてくれないか」

「え?」


 私はクラッセル子爵の発言に面食らう。

 それ以外になんと呼べばいいのか、考えても答えは出なかった。


「ロザリー、もう君はこの家の子なんだ。マリアンヌを姉として慕っているのなら、僕のことは……」


 私から視線をそらし、言葉を溜め込んでいる。

 クラッセル子爵が何を言おうとしているのか、彼の発言からなんとなく読み取れたが、私は待つ。

 少しして、きつく目を閉じ、意を決した表情をしたクラッセル子爵は私に告げる。


「”義父とう さま”と呼んで欲しい」

「……はい」


 義父さま―ー。

 私は胸の中で反芻する。


「お義父さま」


 口に出すと、じんわりと胸が熱くなった。

 私がクラッセル子爵に告げると、彼の表情が明るくなった。マリアンヌの笑みと似ている。

 余韻に浸っていると、食堂のドアが開かれた。


「お父様、ロザリー、ふわあああ、おはよう」


 まだ眠たげなマリアンヌが入ってきた。

 挨拶の途中に、大きな欠伸をしているところから、まだ半分夢の中みたいだ。

 クラッセル子爵はいつもの表情に戻り、重いまぶたをこすっているマリアンヌを座らせた。


「まったく、この子はーー」


 クラッセル子爵はマリアンヌに苦言を呟くものの、その口元はニヤついていたのを私は見逃さなかった。

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