第5話 拾われ令嬢

 クラッセル子爵が孤児院の職員との手続きを終え、荷物をまとめた私は、一年間暮らした孤児院を見上げる。もう少しここで過ごすと思っていたから、いざ出て行くとなると寂しくなる。


「ロザリー、行きましょう」


 マリアンヌは馬車の中に入っていて、私が来るのを待っている。

 孤児院に背を向けて、馬車の中へ入ろうと歩を進める。


「待ってくれ!」


 引き止める声を聞いて、私は振り返った。

 ルイスがこちらに近づいてくる。

 だけど、ルイスは私には目もくれず、馬車に乗っているマリアンヌの前で、両膝をつき、額が地面につくほど低く頭を下げる。


「俺も連れて行ってくれ!」


 ルイスはマリアンヌに懇願する。

 ”子爵”という爵位を持った貴族が孤児院を訪れることなど、ましてや家に迎えられるなど滅多にない。

 ルイスはこの機会を逃したくないと思ったのだろう。私がいいのであれば、自分もとあやかりたかったのかもしれない。


「頼む! 屋敷で働かせてくれ」

「……」


 土下座をしているルイスを、マリアンヌはぽかんとした顔で見ていた。

 少しして、ルイスの意図を理解しただろうマリアンヌは、コホンと咳ばらいをした後、答える。


「いや」


 マリアンヌの答えに、ルイスは顔をあげた。どんな表情を浮かべていたのかは見えないけれど、あんぐりと口を開けて、絶望していると思う。


「私、女の子を泣かせる男の人、大嫌いなの」

「……」

「私のロザリーを虐めた子を屋敷に入れたくないわ」


 マリアンヌに拒絶されたルイスは、何を言っても屋敷に迎え入れられることはないと悟ったのか、その場から立ち上がり、とぼとぼと孤児院へ帰ってゆく。

 ルイスは良い奉公先へ行って、安定した稼ぎを得ることを勉強の活力にしていた。だから、一隅の機会を失ったことに絶望しているはずだ。


「ルイス……」


 大切なものをめちゃくちゃにされた恨みはあるけれど、ルイスの望みが打ち砕かれた瞬間を目の当たりにして、いたたまれない気持ちになった私は、彼に声をかけた。

 顔をあげたルイスは、生気の抜けた顔をしている。


「同情すんじゃねえよ、根暗女」

「なっ」

「しょぼくれた顔を見なくて済むと思うとせいせいするぜ」


 すぐに元の生意気な顔に戻り、私をからかうようなことを言う。

 そんなことを言われると思わなかった私は、絶句する。


「し、心配して損したわ」

「へっ、お前に心配されるほど弱くねーわ」

「そ、お元気で、二度と会うことはないでしょうけれど!」


 ルイスの挑発にムキになった私は強がった。

 別れの言葉を告げた後、私は今度こそマリアンヌの馬車へ乗り込もうと歩き出した。


 幸せになれよ―ー


 最後にルイスがそういった気がするが、聞き間違えだろう思い、私は馬車へ乗る。



 数時間後、私は馬車から降りた。

 私は孤児院よりも大きい建物を見上げる。

 大人が横に三人並んでも入れる両開きの大きな扉。

 扉の前には黒の燕尾服を着た男の人が立っており、私たちに深々と頭を下げている。


「今日からロザリーのお家よ! さあ、入って!!」


 マリアンヌに手を引かれ、私は屋敷の中に入る。

 玄関の扉は、男の人が開けてくれた。

 

「おかえりなさいませ、マリアンヌお嬢様」


 エントランスでは、白と黒を基調としたロング丈のメイド服を身にまとった五人の女の人が、マリアンヌの帰りを待っていた。

 マリアンヌは「帰りましたわ」と彼女たちに告げ、上着と荷物を渡す。

 それらを受け取ったメイドたちは、一礼をし、その場から去ってゆく。持ち場の仕事へ戻っていったのだろう。

 マリアンヌと出会わなければ、私は彼女たちのように誰かに仕えていただろう。私には好意的に接してくれるけれど、メイドに声をかけたときの声音は冷たく感じた。


「屋敷の中、案内してあげるね」

「うん……」


 もし、マリアンヌに嫌われたらこの屋敷に居場所がなくなる。

 私はマリアンヌに”拾ってもらった子”なのだから。


 

 

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