第24話 二人の関係
カルスーン王国は自然界に散らばる魔素を呼吸や食事などで体内に溜め込み、呪文を唱えることで魔法として成立する。
体内に溜められる魔素量には個人差があり、呪文の威力が強ければ強いほど、すぐ空になる。
空になったあと、体内に吸収するにはとても時間がかかる。
一般の魔導士であれば、完全回復まで早くて二日といったところか。
その理論でゆけば、食事で蓄積された脂肪を魔力にするソルテラ家の秘術は理にかなっているといえる。体内にある魔素の器が溢れているならば、別の器を用意すればいい。
初代ソルテラ伯爵はそのように考えて第二の秘術を編み出したのではないだろうか。
ふくよかな体型であればあるほど、第一の秘術の威力が増す。初代が一人で”太陽のような巨大な火球”を放てたのも、膨大な魔力を規格外の方法で体内に溜め込んでいたからだ。
(カラクリを知ってしまえば、私にも出来そうな秘術ね)
自分の痩せた身体を見て、ふと思った。
この身体でも多少脂肪はある。
”呪文”さえ分かれば、一般人である私でも行使できそうな気がした。
(まあ、そうも簡単に行かないから秘術なんだろうけど)
だけど、私はすぐにその考えを捨て、ため息をついた。
もし、第二の秘術が一般化されているのであれば、カルスーン王国の貴族や魔導士はふくよかな人たちで溢れているだろう。美的価値観も変わったかもしれない。
そうなっていないから、カルスーン王国の最後の砦としてソルテラ伯爵家が存在している。
(オリバーさまが辛い思いをして、体型を変えたのだもの。報われて欲しい)
オリバーの努力が報われて欲しい。
そう願うから私は何度も【時戻り】をするのだ。
☆
五度目の【時戻り】から一か月が経った。
その間、私は前回同様、初代ソルテラ伯爵の日記の一部を書き写した紙を、ブルーノ経由でオリバーに見せた。オリバーは庭園の小屋で二つの秘術の再現につとめる。
料理の仕事をしている私は、本業の合間に給仕のやり方を教わっていた。
「昼食の給仕、エレノア、やってみるか?」
「はい! やります!!」
今日、シェフから許可が下りた。
私はその言葉を待っていた。すぐに「やる」という意思をシェフに見せた。
「昼食は前菜、スープ、メインに……、デザートな」
「スティナさまにはデザートをお出しするか必ず訊くこと……、ですよね?」
「そうそう。訊くときは会話と機嫌を見るんだぞ。悪い時は訊かずに様子をみるんだ」
「わかりました。そうします」
給仕の動きについては完璧だが、細々としたことについてはまだまだである。
オリバーに提供する食事がブルーノとスティナと別のものであるくらいしか、分かっていない。
シェフが注意点を先に教えてくれるのはとても助かる。
「エレノアはブルーノさまとスティナさまに嫌われてるみてえだが、食事中、あの方たちは配膳している給仕の顔なんて見てない。些細なミスをしなければ、当たって来ないから安心しな」
「はい」
シェフと話している間に、昼食の時間は迫り、カートの上に三人分の前菜が並ぶ。
庭園で育てている葉がみずみずしいレッタスの葉をちぎり、細く切られた赤い果実のペペーマンが彩りを添える。
大皿で白いドレッシングが和えられているものがオリバー、小皿がブルーノ。小皿でドレッシングが和えられていなく、底の深い小さな容器に植物油が添えられているのがスティナのものだ。
「……三人が揃った。エレノア、行ってこい!!」
食堂で水を配っていたメイドがシェフに合図を送る。
それを見たシェフは、私の背を叩き、鼓舞してくれた。
「行ってきます!」
私は前菜が載ったカートを押し、初めての給仕の仕事に挑む。
☆
「ブルーノちゃん。最近、オリバーと仲がいいみたいね」
「いいえ、母上。俺はオリバーに注意をしていたのです」
食卓に入ると、スティナとブルーノの会話が聞こえた。
スティナの言う通り、最近のブルーノは女遊びを控え、オリバーと秘術について話している。主に進捗を聞き、助言をしている。
スティナはそれが気に入らないらしい。
「そう。ソルテラ伯爵さまの邪魔はしないようにね」
「……」
スティナの注意にブルーノは頷いた。
素直なブルーノの態度を見て、スティナは満面の笑みを浮かべた。
「私の可愛いブルーノちゃんに醜い義息子の菌が移ってしまうでしょ」
(はあ? 何言ってんだこのババア)
スティナの発言に聞きずてならない言葉が混ざっていた。
思わず本音と暴言を口にしてしまうところだった。
カートを押す手を強く握り、頭にのぼった血を冷やす。
スティナの悪意のある悪口はまだ続く。
「私としては、こんな醜い子より、ブルーノちゃんの方がソルテラ伯爵にふさわしいと思うけど」
堂々とスティナは言う。
当主であるオリバーがこの場にいるというのに。
ブルーノはバツの悪い顔でオリバーの様子を伺っている。
オリバーは片手でブルーノに合図を送る。
スティナを指し、どうぞといった仕草を彼女に見えないところでとった。
きっと、オリバーは”スティナに話を合わせろ”とブルーノに指示を送っているのだ。
オリバーの指先を見たブルーノはコクリと小さく頷き、いつもの傲慢な表情を浮かべる。
「母上の言う通りです。こんなブタより、俺の方が優れているに決まってる!! ああ、どうしてこいつがソルテラ伯爵なんだろうなあ」
(……そういうことか)
ブルーノがスティナに同調し、オリバーを罵倒する。
しかし、オリバーは失礼な態度を取っている二人を無視している。
短い会話で、三家族の関係について分かった気がする。
スティナはオリバーの事が大嫌い。自分で産んだ子ではないから、愛情が湧いてこないのだろう。
オリバーの優しい性格を”気弱”だと勘違いして、彼が言い返さないことをいいことに、平然と当人の前で悪口を言う。
オリバーはいらない。溺愛しているブルーノがソルテラ伯爵になればいいと。
服、宝石、化粧品を好きなだけ買い、綺麗な姿で愛人と逢引きが出来るのは誰のおかげなのか。
スティナはそんな簡単なことさえ分かっていないようだ。
対して息子のブルーノは、ソルテラ伯爵として慕っているオリバーと実母のスティナの間に板挟みにされている。母親が失言をした際、オリバーの顔色をうかがっていたことから、母親に話を合わせているのだということが分かった。
ブルーノがオリバーのことを「ブタ」などと罵倒するのは、スティナの機嫌を損ねないためのパフォーマンスなのだ。すっぴんの私に対する嫌がらせや女遊びは、板挟みにされていることに関しての”憂さ晴らし”だろう。
(ブルーノには同情しちゃうけど、やられたことは簡単に許せないわ)
私はふうっと苛立ちを吐き出し、仕事モードに切り替える。
「前菜のレッタスとペペーマンのチーズドレッシング和えでございます」
三人の会話が途切れたところで、私はオリバーの前に料理を置いた。
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