第23話 【五度目】食べて溜める
私は途方に暮れているブルーノの目を盗み、五度目の【時戻り】を行った。
期間は三か月前。
前回の時戻りは大きな進歩だ。なんせ、失われた二つの秘術の実態とオリバーとブルーノの兄弟の関係について誤解していたことが明らかになったのだから。
(二つの秘術についてオリバーさまにお伝えすれば、運命を変えることが出来るかもしれない!!)
私は生き生きとした気持ちで、三か月前の自分に戻る。
☆
三か月前に戻った私は、三つの仕事の内”料理”を選択した。
主に同僚に配給するパンの生地を仕込み、焼く仕事だ。
なぜ、私がこの仕事を選んだかというと、本来の仕事の合間に三人の主人の前に食事を運ぶ、給仕の動きを覚え、オリバーと共に王城へ行きたいと考えたからだ。
(オリバーさまに秘術のヒントを教えることは出来る。だけど、方法を見つけたり体得するまで時間が足りない……)
前回はいい線までいった。
だけど、国王に呼び出され、最前線へ出兵される期間が短く、二つの秘術を知る前にオリバーが戦死してしまった。
その出兵を一日でも引き延ばすことが出来たなら、二つの秘術を覚えた状態のオリバーが最前線へ向かうことが出来るのではないか。そう、私は考えたからだ。
そのためにはオリバーと共に王城へ向かい、国王が彼にどう命令したのか聞く必要がある。
(手がかりは早めに教えないと)
半月後では遅い。
もう少し早く”癖字”についてオリバーとブルーノに知らせなきゃ。
それも相まって、私は三か月前に【時戻り】したのだ。
「新人、手際がいいな」
「ありがとうございます。シェフ」
料理の仕事に配属されてから一週間が経った。
パンの生地をこねるのはお手の物である。それと、使った用具の後片付けも抜かりない。
シェフは私の無駄のない動きを見て、褒めてくれた。
「あの、シェフは前ソルテラ伯爵の代から料理を担当している、とメイド長から聞いたのですが」
「おう! 最初の頃はお前さんみたいに、雑用から始まったけどな」
「オリバーさまの食事、ブルーノさまやスティナさまと明らかに量が多いのですが」
「ああ、これな」
合間にオリバーについてシェフから訊く。
このシェフは勤続二十年のベテランシェフで、前ソルテラ伯爵の代から働いている。それはメイド長から聞いたのではなく、前回の【時戻り】で彼から直接きいたものだ。
けれど、当時の私はそれを必要な情報だと思わず、へえと流してしまっていた。
オリバー、ブルーノ、スティナはシェフが作った料理しか口にしない。
ソルテラ伯爵家は外に敵が多く、毒などで暗殺される可能性があるからだ。信用できる人間が作った料理しか口に出来ないのである。
だから、主人が外出するさい、必ず専属の料理人と給仕を同行させる。
そして、当主であるオリバーは五食用意されており、食事量は二人の二倍である。
食器棚に積まれているオリバー用の食器の大きさも二人と明らかに違う。
私がそれをシェフに指摘すると、彼は私に教えてくれた。
「歴代ソルテラ伯爵は”太らなければならない”って決まってるんだとよ」
「それは、どうしてなのでしょう」
「前任のシェフから言われたことだしな……、分かんねえや」
私が尋ねると、シェフは首を傾げた。
きっと前任のシェフに訊ねたとしても同じ反応をとるだろう。
主人の命令は絶対。そこに疑問を持ってはいけないというのが私たちの規則なのだから。
(ソルテラ伯爵は常にふくよかであること。二つの秘術が失われても、それだけはシェフの間で守られてきたのね)
「私、てっきりオリバーさまは食べるのがお好きだから、沢山食べているのかと思いました」
「いや、そうでもないんだ」
「え!? そうなのですか」
私は知っているにも関わらず、わざとらしい態度をとった。
このシェフはオリバーの苦労を間近で見てきたはず。
どれくらい大変だったのか、私は知りたかった。
「三年前のオリバーさまは、ひょろっとした優男だったんだぞ。そりゃ、ブルーノさまに負けず劣らず女にもてた」
「……今のお姿からは想像もつかないです」
「元々、小食な方でな。始めは吐きながら食べていた。それを毎日五食続けていたんだから、食事を作っている俺もつらかったさ」
当時のことを思い出したのか、シェフは苦い表情を浮かべていた。
食べきれない、辛いと分かっているのに、命令通り料理を提供し続けなければいけない苦しみ。
近くで見ていたのなら、相当辛かっただろう。
「すべて食べきらないといけない掟だったのでしょうか?」
「ああ。だから健康面はかなり気を遣っている。今は体型を維持しつつ、身体に優しい献立にしているぞ」
シェフから話を聞き、オリバーは辛い思いをしてまで、細身の体型から今の状態まで体重を増やしたのだとわかった。
けれど、オリバーは何故そうしないといけないのかを知らない。
なぜなら、二つの秘術については引き継がれていないからだ。
体重を増やさなくてはいけない明確な理由が分らぬまま、掟だからと食べ続けていたのはさぞ辛かっただろう。
(三年間の努力があったからこそ、二つ目の秘術が効力を発揮する)
歴代のソルテラ伯爵がふくよかな体系にならなくてはいけなかった理由。
それは”脂肪を魔力に変換する”二つ目の秘術を常に発動できるようにしなければいけなかったからである。
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