第22話 諦めるブルーノ

 私はブルーノに与えられた仕事をこなした。

 それを報告するために、オリバーの私室を出て、ブルーノを探す。

 いつもは広間のソファにお気に入りのメイドと紅茶を飲みながら、話しているのだが。


(あれ? いないわ)


 いつもブルーノが座っている場所に目を向けるも、彼はそこに座っていなかった。


「あの、ブルーノさまはどこにいらっしゃいますか?」


 私は広間の掃除をしていたメイドに声をかける。

 声をかけたメイドも私と同じく、ソファに目を向けるもそこにブルーノはいない。

 天井を仰ぎ、彼女は何かを思い出そうとしている。


「あ」


 少しして、彼女が声を発した。それと同時に晴れた表情を浮かべていることから、何か思い出したらしい。


「庭園の小屋に向かったよ」

「ありがとうございます! 行ってみます!!」


 私は尋ねたメイドに一礼し、彼女が言った場所へ向かった。

 屋敷の外へ出て、軟膏草の道を通る。

 その先にある小屋のドアを私はトントンとノックした。


「……いない?」


 私はもう一度ノックした。

 返事は帰って来ない。

 これで最後にしようとノックする。


「うるさいな!! 誰だ!!」

「わ、私です……」


 三度目のノックで、ブルーノが出てきた。

 勢いよく扉が開き、それで顔をぶつけないよう私は後ろにのけぞった。

 直後、怒鳴り声が聞こえ、ブルーノが私の前に現れる。


「エレノアか。遺品整理が終わったのか?」

「は、はい!! あと、不思議な部屋が見つかりました」

「不思議な部屋……? どんな部屋か申してみよ」

「その部屋は――」


 私は隠し部屋の存在をブルーノに伝える。

 すり抜ける壁の先に、古い書物や魔法の素材のようなものを発見したと報告する。

 そして、古い書物には”癖の強い字”で書かれており、私には何が書いてあるかさっぱりだとも。


「あの、兄さんの字があったんだな!!」

「はい。ブルーノさまなら内容が分かると思いまして」

「わかった。エレノア、そこへ案内しろ」

「かしこまりました。まずはオリ……、ブルーノさまの”新しいお部屋”へ向かいましょう」


 私の作戦その二は、ブルーノを隠し部屋に入れることだ。

 これまでの【時戻り】でブルーノを隠し部屋へ入れたことはない。今まで、彼を入れるメリットがなかったからだ。

 今回の【時戻り】で癖の強い字は、ソルテラ家に代々伝わる”暗号”で誰にも読ませないためのものであること、それをブルーノが解読できることを知った。彼を隠し部屋へ招くメリットが出てきたのだ。


(ブルーノを招く前に、時戻りの水晶は隠したし……)


 私は隠し部屋で一番目立つであろう”時戻りの水晶”を目立たない場所へ隠した。それが私が施した細工である。

 二つ目の秘術についてブルーノの口から情報を得たら、五度目の時戻りをする。

 私はそう計画していた。


 屋敷の中へ入り、私とブルーノは二階へとあがる。


「……ブルーノさま?」


 オリバーの私室へ入る廊下でブルーノが立ち止まった。

 廊下にはオリバーの遺品が並んでいる。

 ブルーノが目に留めたのは、肖像画だった。


「兄さん……」

(やっぱり、あれはふくよかになる前のオリバーさまなんだ)


 懐かしむ眼差しでブルーノが呟く。


「遊んでばかりだったが、俺がソルテラ家を継ぐから。見守っていて欲しい」

「……」


 ブルーノは肖像画に自身の決意を述べていた。

 決意の内容が耳を疑うもので、私は目を丸くしてブルーノを見ていた。

 視線を感じたのか、ブルーノが私の方へ向く。


「なんだ、おかしなことを言ったか?」

「いいえ。その……、ブルーノさまはオリバーさまをお嫌いだと思っていたので。意外だなと」

「俺は、醜いものが嫌いなだけだ。どうして兄さんはブタのような体系になってしまったのか」

「直接お聞きにならなかったのですか?」

「言った。暴食を止めろとも言った。それでも兄さんは教えてくれなかったし、食べることをやめなかった」

「そうですか……」


 オリバーは当主になってから、食事量を増やし、細身の体型からふくよかな体系になった。

 ブルーノはそれを制止したものの、オリバーはやめなかったらしい。


「足を止めて悪かった。さあ、隠し部屋と言うのはどこにある」

「……こちらです」


 私はオリバーの私室に入り、壁をすり抜けた。

 すぐに私の後を追って、ブルーノも隠し部屋に入ってきた。


「っ!?」


 ブルーノはこの部屋へ入るなり、すぐに日記を手に取り、ペラペラとページをめくり始めた。


「これだ、これだ!! ここにあったのか!!」


 日記の内容を理解したブルーノは興奮していた。

 無理もない、オリバーとブルーノがずっと探し求めていた魔法研究書なのだから。


「エレノア、一番古いものを探せ! 数字くらいならお前も分かるだろ」

「はい!!」


 ブルーノの言う通り、癖の強い字でも数字なら読み取れる。

 そして、一番古い書物がどこにあるのか私は知っている。

 私が一部の文章を書き写した日記を手に取る。

 きっとこれがブルーノが探し求めてるもの。オリバーを救うためのカギになる。


「ブルーノさま! こちらの日記、三百年前のものです」

「でかした!!」


 私はブルーノに初代ソルテラ伯爵が書いたものと思われる日記を渡した。

 ブルーノはそれを受け取り、熟読する。


「ふむ。これは初代ソルテラ伯爵が記したものだ。これに”二つの秘術”について書かれているに違いない――」


 そう言い、ブルーノは日記を読み進めてゆく。

 私はブルーノの答えを隣で待ち続けた。

 ページをめくる音だけが続く。


「はは、はははは!!」


 突然ブルーノが笑い出した。

 額に手をやり、天井を仰いでいる。


「ブルーノさま、何か分かったのですか?」

「……もう、終わりだ」

「諦めないでください! 秘術があれば――」

「俺ではだめだ」


 突然笑ったと思いきや、ブルーノはため息をついた。

 この様子だとブルーノは何かを諦めている。


「巨大な火球を放つには膨大な魔力が必要になる。それは普通の方法では溜められない」

「二つ目の秘術が必要になるんですね? それを使えば――」

「二つ目の秘術は俺には扱えない」

「えっ」


 ブルーノが持つ日記に、二つ目の秘術について書かれていた。

 だけど、それには条件があるようだ。

 その条件にブルーノは当てはまっていない。


「二つ目の秘術は、”脂肪を魔力に変換する術”。兄さんじゃないと、戦争に勝てないんだよ!!」


 以降、ブルーノはずっと笑っていた。

 カルスーンは負ける、終わったと何度も呟きながら。

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