第20話 二つの秘術
オリバーは紙に書かれた文章を熟読していた。
その間、私とブルーノは黙っていた。
沈黙の中、メイド長が私たちに紅茶と菓子を用意してくれた。
私は紅茶をちまちまと少しずつ口にすることで、この場をしのいだ。
「……なるほどね」
読み終えたオリバーが呟いた。
ブルーノになぜ呼び出されたのか理解したような声音だった。
「研究がすごぶる進みそうだ」
読み終えたオリバーの感想がそれだ。
兄弟が失われた秘術の再現に関する手がかりを手に入れたことはいい。この出来事のおかげで、オリバーが戦死する運命から逃れられるかもしれない。
すべて良い方向に進んでいるけれど、私にとっては都合の悪いことばかりだ。
(秘術って……、二つあるの!? 一つは火球を放つ術だろうけど、もう一つは何だろう)
一つだと思っていた秘術が”二つ”あること。
一つは心当たりがあるが、もう一つはなんのことかさっぱりである。
次の【時戻り】をするのであれば、ここで二つ目の秘術について知っておきたい。
だけど、二人のメイドである私にはこの場で質問する権利はない。
「……僕が苦労して太ったのにも、ちゃんと理由があったんだなあ」
「苦労してたか? 今はそうでもないみたいだが」
「苦労してたのは三年前。父上が亡くなって、僕が当主になってからだから。今は食事の量にも体型にもなれたよ」
私が出来ることは、オリバーとブルーノの雑談から二つ目の秘術についてヒントを得ること。
オリバーが昔痩せていたことは知っている。
採寸をしていたときにそのような話を聞いて、当時の私は驚いていたっけ。
「エレノア、君はこれをどこで見つけたんだい?」
オリバーが私に問う。
この質問が来ることは想定していた。そして、沈黙が続いていたときにその答えを考えている。
「書庫を掃除していた際に見つけました」
「書庫にあったんだね!! それならどうして今まで見つけられなかったんだろう」
「本棚の奥の方に挟まっていたので……。私が見つけたのはページが破られたもので、しかも状態が古くて新しい紙に書き写すので精一杯でした」
オリバーの私室から行ける隠し部屋から見つけました、などと真実を言えるわけがない。
そのため、私はそれっぽい嘘をついた。
私は書庫の掃除も担当したことがある。その際に見つけたといえば納得してくれるはずだと考えた。現にオリバーとブルーノはその設定をすんなり受け入れている。
「それで、原本はどこにある」
「その……、言いにくいのですが、処分してしまいました」
「処分しただと!? お前!! これが俺たちにとってどれだけ重要なものか――」
次に、ブルーノが私に問う。
これも想定内。私はまた嘘をついた。
すると、ブルーノがソファから立ち上がり、激怒していた。
彼はテーブルから身を乗り出し、私の服を掴もうと手を伸ばす。
暴力を振るわれる直前で、オリバーが私を庇った。
「まって、まって!! ブルーノ、落ち着いて」
「落ち着いていられるか! 貴重な手がかりをこいつは捨てたんだぞ! 仕置きしないと気が済まん!!」
「きっとエレノアは僕の古いメモだと思ったから捨てちゃたんだよ。彼女、僕らと違ってこの文字が読めないんだよ? 書き写してくれただけ感謝しないと!!」
「……そうだったな」
オリバーの説得でブルーノは私を襲うのを止め、ソファに座った。
ふう、とオリバーも安堵のため息をつく。
「僕はこれから二つ目の秘術の研究を再開する。成果があったら報告するね」
「ああ。俺も何かあったら声をかける」
「じゃあ、僕はこれで」
兄弟の話は終わり、オリバーは庭園の小屋へ戻った。
ブルーノと私、二人だけが部屋に残される。
「エレノア」
「は、はい! 何でしょう」
「原本は破られたページのようなもの、だったんだな」
「はい」
「書庫から見つけたんだな」
「はい。奥の方にありました」
「……そうか」
ブルーノは間髪入れずに私を問い詰める。
私の発言に偽りはないか念押ししているようだった。まあ、すべて嘘なのだけど。
「よい働きだった。次もこのような文字を見つけたら、俺に報告すること」
「かしこまりました」
「それから、この部屋でした話は誰にもするな。それを破ったら今度こそ仕置きだからな」
「はい」
「わかればいい。話は終わりだ。仕事に戻れ」
「お時間を頂き、ありがとうございました」
話は終わり、私はメイドの仕事に戻る。
その後、オリバーは庭園の小屋で二つ目の秘術の再現に励んだ。
それまであともう少しというところで、オリバーは前線に出兵し、戦死してしまったのだ。
オリバーが戦死し、ブルーノがソルテラ伯爵になる。
遺品の整理を命じられた私は、五度目の【時戻り】をする前に、ある賭けに出た。
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