第3章 新米メイドと失われた秘術

第19話 つながってゆくピース

 失われた秘術!?

 私はブルーノの発言に耳を疑った。

 【太陽の英雄】であるソルテラ伯爵家の秘術といえば、太陽のような巨大な火球を落とすものだろう。それが失われていると。


(もしかして、百年前の火事で……?)


 聞いた直後は驚いたが、今までの【時戻り】の情報を繋ぎ合わせると納得できる。

 屋敷はオリバーの曾祖父の代に全焼し、その間に隠し部屋の存在が引き継がれず、庭園の小屋で魔法の研究をしている。

 屋敷が燃えたさい、隠し部屋の他に秘術を失ったとしても不思議ではない。


 私は平常を装うのに必死だった。

 自分が四回の【時戻り】で知りえた情報を話してしまいたい。

 隠し部屋の場所を伝えたい。

 だけど、話すタイミングが悪い。

 最悪、虚言を吐いているのと、オリバーの私室に入ったとしてメイドの仕事をクビになってしまう。屋敷を追い出されてしまっては全てが終わる。

 

(ブルーノが別のことに集中してくれて、よかったわ)


 もし、ブルーノがいつもの調子であれば、私の心の準備ができぬ間に色々と質問してきただろう。

 そこでボロが出てしまい、私の立場が危うくなったかもしれない。けれど、今の彼は私が書き写したソルテラ伯爵の日記を熟読している。

 話はオリバーが来てから始まるだろう。

 私は沈黙が続き、安堵していた。



「ブルーノ、その話本当なのかい!?」


 少し経って、メイド長と共にオリバーが現れた。

 穏やかでおっとりした性格のオリバーが血相変えて、ブルーノに詰め寄っていた。


「顔が近い! お前の脂じみた顔などまじまじと見たくない」

「ご、ごめん……」


 ブルーノはオリバーの体型について悪口を交えつつ、彼に落ち着くように告げる。

 それを聞いたオリバーはブルーノに謝り、私の隣に座った。

 ギシッとソファがオリバーの方へ沈む。


「その……、”秘術”のことを君が口にするから」

「父上が死に際に教えてくれたんだ。それと父上はこうも言った『ソルテラ伯爵に代々伝わる”二つの秘術”は曾祖父の代で失われた。秘術の研究をする兄の手助けをせよ』とな」

「父さんがそんなことを……」

「父上の遺言だ。醜いお前のことなど兄と認めたくないが、それは守らないとな」

「ブルーノ、ありがとう」

「ふんっ」


 二人の会話を聞いて、ブルーノの心意が聞けた。

 それとブルーノとオリバーの兄弟仲も垣間見えた気がする。

 私は二人の外面しか見えていなかった。

 ブルーノは兄の事を気に食わないと嫌っているものの、それは外見や体型だけであり、現ソルテラ伯爵の目的である”失われた二つの秘術を再現する”ことについては協力的な姿勢をとる。

 秘術の手がかりが書かれた紙を目にし、メイド長に「オリバーを呼べ」と告げたのは、オリバーを当主として認めている証なのだ。

 ただ、素直ではないだけで。


「あの、それでさ」


 オリバーが隣に座っている私をじっと見つめる。


「この人、誰? 女の人を屋敷に連れ込んで遊んでいるのは知ってるけど、一族の大事な話に、メイド服を着させた他人を同席させるなんて……、非常識にもほどがあるし、警戒心ってものが――」

「敵が多いソルテラ伯爵家に部外者を同席させて、秘密を話すほど俺は落ちぶれてないさ」

「は? 君は――」

「そいつは最近入ったエレノア」

「え、ええ!?」


 オリバーはブルーノに小言を延々と呟こうとしたものの、私の名をブルーノが告げ、遮られる。

 それを耳にしたオリバーは化粧で別人に変わった私を二度見、三度見する。


「エレノア……、なのかい?」

「は、はい」

「へえ、驚いたなあ」

「私がいうのもなんですが、どうぞ話を続けてください」


 使用人とメイドの顔と名前を憶えているオリバーが、別人同然の私を見て驚くのは当然だ。

 お気に入りの人間でないと名前が覚えられないブルーノとすれ違いが起きてしまった。

 大事な話を始めるというのに、私のことで話の腰を折ってほしくない。

 自分でいう話ではないがと前置きをして、本題に入るよう二人に促した。


「彼女を同席させたのは、百年経っても見つけられない秘術の手がかりを、彼女が掴んできたからだ」


 ブルーノは紙束をオリバーに渡した。


「俺ぐらいしか読めない汚い字をお前のものではと、エレノアが尋ねてきたのが始まりだ」

「僕の字がこうなったのはね――」

「一族の技術を秘匿するための”暗号”だろう」

「僕らの秘密をペラペラ話さないでっ! ……エレノア、絶対に誰にも言っちゃだめだからね」

「心得ております」


 屋敷で働くメイドだから気を許しているのか、ブルーノはぽろっとソルテラ伯爵家にとって重要なことを私の前で口にした。もし、私がグエルのような他国のスパイだったらなど考えてもいないだろう。


(ブルーノ、大嫌いな奴だけど、使える男ね)


 オリバーは望んでいないだろうが、今のブルーノの話はとても有益な情報だ。

 あの癖字は読めるように書いているものではない。”読ませない”ために編み出された暗号の一つだったことが判明したのだから。


 

 

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