第18話 様変わり

 メイド長が優秀な私の悩みのために、私が大嫌いなブルーノに取り次いでくれた。

 約束の時間まで一時間。

 私はなぜかドレッサーの前に座っている。

 このドレッサーはスティナが化粧をするときに利用しているものだ。

 鏡に映る自分の顔。一緒に働く先輩たちとは違う地味な顔。


「はあ……」


 自分の顔と、これから起こるであろう展開をおもうとため息がでてしまう。

 メイド長は私をどうするつもりなのだろうか。

 一人、考え事をしているとメイド長が戻ってきた。彼女の隣には――。


「はじめましてー!」

「あっ、よ、よろしくお願いします」


 洋裁の先輩がいた。前の【時戻り】では共に仕事をしていたが、今回は互いに初対面。

 私はそれらしく頭を下げた。

 どうしてメイド長は洋裁の先輩をここに連れてきたのだろう。


「この子をブルーノさま好みに仕上げればいい?」

「ええ。お願いしますね」

「はーい」


 私の知らぬ間に話が進む。

 メイド長は部屋を出てゆく。きっとブルーノの相手をしに行ったのだ。

 私をブルーノ好みに仕上げる?

 先輩は私に一体何をするつもりなんだ。

 二人きりになり、緊張で身体を強張らせていると、先輩はドレッサーの上に見覚えのある道具が次々と置いてゆく。

 白い粉、色のついた粉、キラキラする粉。

 多種多様な大きさのブラシにふわふわした綿。


(……化粧品?)


 ドレッサーの上に置かれたものは、先輩の仕事道具の一つである”化粧品”だった。

 それらは普段、スティナの若作りのために使われる。

 私に使うことは考えてなかった。


「緊張しなくていいよー」


 先輩の両手が私の両肩に置かれる。鏡に映る彼女はニカっと笑っていた。

 私は肩の力を抜くため、身体に溜め込んでいた空気を一気に吐き出した。


「あの、私をブルーノさま好みの顔にすること……、出来るんですか?」

「できる、できる!!」


 不安がる私を安心させるため、先輩は手を動かしながら話しかけてくれた。

 先輩の手は魔法のように動く。

 私の顔に様々な粉が塗られる。


(す、すごい……)


 段々と私の顔が整えられてゆく。

 鏡に映る私の顔。自分の顔なのに、別人が映っている。

 コンプレックスだった奥二重の瞼が先輩たちのようなぱっちり二重になっている。

 血色も良く見えて、とても可愛らしい。


「でーきた!」


 先輩が大きなブラシを私の頬にクルクルと回したところで、私の化粧が終わった。


「す、すごいです!! 別人が映ってる!!」

「ふっふー、私の化粧の腕はスティナさまのためだけじゃないのよ」


 スティナが洋裁の先輩を重宝している理由が分かる。

 彼女は洋裁の達人であると同時に化粧の達人。

 女性が抱えるコンプレックスを化粧で隠すプロなのだ。


「久々に別の人の化粧が出来て楽しかったあ!」

「……」

「ささ、自信をもってブルーノさまの所に行っておいで!」

「はい!」


 洋裁の先輩が作ってくれたこの顔であれば、ブルーノに「ブス」と罵られない。

 嫌味もなく、本題に入ることが出来るだろう。

 私は、生まれ変わった気持ちでブルーノが待つ部屋へ向かった。



「失礼します」


 私はメイド長と約束した部屋へ入る。

 そこには、テーブルに両足をのせ、腕を組んでふんぞり返っているブルーノと、彼と雑談していたメイド長がいた。


「エレノア、来ましたね」

「……」


 ブルーノと目が合う。

 いつもであれば、彼は私の顔を見た途端、汚いものを見るような表情になり、私に暴言や近くにあるものを破壊し、無茶難題を言いつける。


「おお、いい女だな。しかもみない顔だ。新しく雇ったのか?」

「え、ええ。新しく雇ったメイドのエレノアです」

「ふーん」


 ブルーノが私の顔からつま先まで舐めるように見る。

 出会い頭に暴言を吐かれないのは良いことだが、私の顔や身体への視線はいやらしく感じた。

 性的な目で見られているのだと思うと、寒気がする。

 しかも、私がメイドとして働き始めた初日に自己紹介へ向かっているというのに、名前を忘れられてしまっている。

 ブルーノの中ではすっぴんだった私という存在はなかったことになっているらしい。


「彼女がオリバーさまの字のことで困っているので、お力添えをしていただけないかと……」

「あのブタの字か……、エレノアといったか。その紙を見せろ」

「はい」


 私は隠し部屋で書き写した紙束をブルーノに渡した。

 隠し部屋にあるものは、私のポケットに入っていれば持ってくることが出来るらしい。

 前回の【時戻り】でそれを知った私は、別紙に書き写したものを持ってきたのだ。


「おい」


 ブルーノが険しい顔で私の書き写した癖字を凝視している。

 しばらくして、彼が声を発する。


「ここにオリバーを呼んで来い」

「……かしこまりました」

「エレノア、お前はここに残れ」

「あ、は、はい」


 ブルーノがオリバーをこの部屋へ連れてくるよう命令する。

 その命令に私の身体は反射的に動き、オリバーを探すため部屋を出てゆく動作に入っていた。

 しかし、ブルーノは私に残るよう命じる。

 どうやら、メイド長への命令だったようだ。


「オリバーさまは、庭園の小屋にいますが……」

「すぐに呼び出せ。それでもぐずったらこう言え」


 メイド長はオリバーがいる場所を告げ、呼び出すのは難しいという返事をした。

 庭園の小屋はソルテラ伯爵の魔法研究所。

 当主以外、誰も入ってはいけない部屋だ。

 お菓子を持ってゆく以外、近づくことさえはばかれる聖域のような場所である。

 ブルーノもそれは知っていたようで、用もなく訪ねればオリバーが嫌な顔をすると分かっていた。 

 だが、そんなオリバーでもこの部屋へ飛んでくる”呪文”があるようだ。

 それは――。


「失われた”秘術”の手がかりを見つけた……、とな」


 その”呪文”はオリバーの運命を救うかもしれない、重大なものだった。


 

  

 

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