第15話 愛人の男

 翌日、私はスティナと共に屋敷を出た。

 今、私たちは馬車の中にいる。

 屋敷の外へ出るのは、とても久しぶりのように感じる。現実時間では私が屋敷に住み込みで働き始めてから一か月なのだが。

 目の前にいるスティナは恋する乙女のような浮ついた様子だった。彼女は昨日、私が作ったドレスの他、ドレスに合った髪飾りを付けたカツラを被っている。先輩の化粧を施し、実年齢にとは思えないほどの見た目をしていた。


(メイドは主人の行動に疑問を持たない……)


 私は”買い物の付き添い”と命じられているだけなので、この馬車の行き先は全く分からない。

 ただ、気合を入れたおしゃれをしているのは、誰かに会うためだというのは分かる。その誰かがスティナにとって大切な人であることも。

 どこへ向かうのか、会う人物は一体誰なのか。

 スティナに問いたい気持ちでいっぱいだったが、以前の時戻りでオリバーに注意されたことを反芻し、服の裾をぎゅっと掴んで、ぐっとこらえる。


(私はスティナが求めることだけをすればいい。そこに自分の意思はいらない)


 ここには私の失態を庇ってくれる先輩や、助けてくれるオリバーがいない。

 危機は自分の力で回避するしかないのだ。


「そろそろね」


 スティナが呟いた。彼女の言葉に反応しそうだったが、声を発する直前であれは独り言だと気づき、口元を両手でおさえた。

 馬のいななきが聞こえ、馬車が止まった。

 私はそこで外の景色を見る。

 馬車が止まったのは、富裕層が利用する通りの一角。

 他国と戦争中であり、平民や貧民は住む場所、食べ物に困っていて、皆が飢えた目をしているというのに、この通りだけは戦時前と何も変わっていない。

 貴重である食料と水が豊富にあり、洋服、バック、装飾品を購入する余裕がある人たちが集う場所。時の流れがここだけ切り取られていると私は思った。


「スティナさま、私が先に――」

「どきなさい!」


 メイドは主人よりも先に馬車に降りる。

 そう、メイド長に教わったのに、スティナは私を押しのけて一番に馬車を降りていった。

 御者が用意した階段を降り、馬車の前に立っていた男性に飛びついている。

 私はスティナに気づかれないようにそうっと馬車を降り、男性を観察する。


(この人が……、スティナの愛人よね)


 スティナが目の前の男性に甘えているのが何よりの証拠だ。

 お気に入りの使用人とのスキンシップとは違い、恋人が待ち合わせ場所で出会ったような印象を受ける。それに、目の前の男性は中年で、実年齢のスティナと同じくらいのように思えた。

 白髪まじりの赤毛に茶色の瞳をしている。

 だけど、相手の男性は目じりや口元に多少の皺はあるものの、鋭い眼差しや微笑む口元は若者には醸し出せない色気がある。これが”イケているおじさん”だと私は思った。


「グエル! 逢いたかったわ」

「スティナ……、私もだよ」

「え……」


 イケてるおじさんの名前はグエルというらしい。

 スティナはグエルに愛の言葉をささやく。

 彼はそれを受け止めた。

 そして、二人は私の目の前で熱いキスをかわした。


(きっと……、この人だ)


 私は二人の口づけを見て、悟った。

 この男性との関係は、最近からではない。

 きっと前ソルテラ伯爵と再婚する前から、ブルーノが誕生する前から続いていると。

 それは、隠し部屋にある水晶が証明している。

 彼がブルーノの真の父親なのだと。


(あの水晶が言ってること、本当なんだ)


 ブルーノは前ソルテラ伯爵の子供ではない。

 その事実をブルーノは知っているのだろうか。いや、知っているなら、あんな堂々とした態度は取らないはず。もしかしたらスティナも分かってないのかもしれない。

 ブルーノの外見はスティナの遺伝子が濃く出ている。他の男の子供だとは見た目では分からない。


「最近、なんで逢ってくれないの? 私のこと、嫌いになった?」


 スティナは甘ったるい声でグエルに話しかける。

 声の調子が二音上がって、屋敷にいる時とは態度が全く違う。


(気持ち悪い)


 スティナの態度の変わりように、私はそう思った。

 あまりの気持ち悪さに率直な気持ちを言葉にしてしまうところだった。

 昨日、『スティナと共に行動する男がいるけど、気にしないこと』と先輩に忠告を受けていて良かった。毒舌な先輩のことだから、目の前の光景を見て『キモッ』て思ってたんだろうなあ、と別の想像をすることでその場を乗り切った。


「すまないね。別件で忙しくてね」


 甘えるスティナに対して、グエルは平常心を貫いていた。

 あの様子だと女慣れしていて、若いころはさぞモテていたのだろう、と妄想する。


「別件って、私より大切な用事?」

「うーん、同じくらいかな」

「同じくらいなんて……、私に力になれることはあるかしら?」

「立話もなんだ、予約した喫茶にでも行こう」

「そうね。今日はグエルと沢山お話がしたいわ」


 グエルはさらっと話題を変えた。

 スティナはグエルの腕を抱き寄せ、寄り添って歩く。


「では、後は頼みました」

「はい。お任せください」


 私はスティナの荷物を持ち、御者に頭を下げ、二人の後ろをついて行く。

 

 


 

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