第14話 噂の人

 着付けに買い物の付き添い……。

 スティナは私にそう言いつけると、私が作ったドレスを置いて仕事場から去って行った。

 私はその場にぼーっと立ち尽くしていた。


「エレノア、スティナさま相手によく言い返したじゃない!」


 先輩が私に声をかけるまでは。


「私は……、スティナさまのドレスの評価が気に入らなかっただけです」

「うんうん! 分かるよ、その気持ち。エレノアの作ったドレスはとても良かったもん。作り手の見た目だけで判断してほしくないよね」

「まあ、私は先輩よりも綺麗ではないので」

「なーにいってんの! エレノアはとってもクールな美人さんだよ。ただ、スティナさまの好みじゃないだけ!!」

「……励ましてくださり、ありがとうございます」


 私がスティナに反論したのは、自分の運命を変えたかったからだ。

 前のように行動しても何も変わらない。

 ただ、オリバーが死ぬ運命をたどるだけ。

 何度でもやり直すことは出来るけど、この時を無駄にはしたくない。


「スティナさまの買い物に付き添えるなんて、大出世だよ」

「買い物って……、いつもは先輩が付き添っていたんですか?」


 スティナの買い物の付き添い。

 先輩に守られていた前の私では切り開けなかった道。彼女が『大出世』というのだから、ただの新米のメイドでは与えられない仕事なのだろう。現に、前の時戻りではそのような話は全く出てこなかった。


「そうそう。スティナさまの買い物は、誰でも出来るわけじゃないからね。美的センスが問われるから」

「美的センス……」


 時折、先輩が私に仕事を任せて出掛けるときがあった。スティナの買い物に付き添っていたのはその時だと思う。

 彼女がいう”美的センス”というのは、スティナの好みに合った品物を選ぶことができるのか、だ。先輩はそれが上手く、スティナは彼女が作ったドレスを好んで着ていた。


「今回のドレス、デザインをちょっといじったでしょ」

「あ……、はい。飾り石を多めにしました」

「多分、スティナさまに買い物の付き添いに選ばれた理由がそれよ」


 今回、私はデザインの意向を無視して飾り石を多めに付けた。

 その方が、スティナがよく着る外出着になると私が勝手に思ったからだ。


「いつものデザインとちょっと違う。その”ちょっと”をスティナさまが気に入ったのよ」

「なるほど……」


 先輩の話で私がなぜスティナの買い物に付き添うことになったのか分かった。私が加えたアレンジを”新しいもの”と感じ、それを取り入れようと思ってくれたからだ。

 先輩はスティナのドレスをトルソーに付けると、天井を見上げ、考え事をしていた。きっと私のことだろう。


「付き添いが私からエレノアに変わったとすると……、今日は引継ぎしなきゃかな」

「先輩、よろしくお願いします」


 今回の仕事は初めてで、私の事をフォローしてくれる人は誰もいない。

 明日の仕事で私がするべきこと、気を付けることは何か、先輩に聞いておかないと。


「じゃあ、道具は一旦片付けて。私は紅茶とお菓子を貰ってくる!!」


 先輩は弾んだ声で私に指示をし、仕事場を出て行った。

 調理場の方へ行き、紅茶と軽食を貰いに行ったのだろう。先輩とシェフは仲が良いから、形が悪く三人に出すことのできないお菓子をよく分けてもらっている。それが出来るのも、メイド長の次に立場のある”洋裁リーダー”だからなんだろうけど。


(スティナに接触するのはもうちょっと先だと思ってたけど……、チャンスだわ)


 私は机の上に用意していた裁縫用具と生地を所定の場所に片づけた。

 雑巾で机を拭き、食べ物が置かれても大丈夫なようにする。

 私の作業が終わって少し経った頃に、紅茶と形の悪いお菓子を持った先輩が帰ってきた。


「飲んで食べながら、私の話を聞いてて」


 私はその通りにしながら、明日の仕事内容を聞く。

 仕事内容はスティナに命じられた通り、私が作ったドレスを彼女に着せて、彼女のお気に入りの店を一緒に回る。そこで私は彼女の問いに答えたり、好みの商品を勧めたりしなければいけないらしい。購入した商品の代金は、後日商品がソルテラ家に届いたときに支払うため、考えなくてもいい。オリバーは特に何も言わないので問題ない。


「まあ、スティナさまの話に合わせればいいよ」

「わかりました」


 先輩の話の調子からして、買い物の付き添いはそれほど苦ではないようだ。

 私は紅茶で乾いた口の中を潤しながら先輩の話を聞く。


「ドレスの着付けは、いつも通りでいいよ」

「はい。そのつもりです」

「エレノアは洋裁はもうちょっと教えることあるけど、着付はとっても上手だよね。まるで、ドレスを着たことがあるみたいな気遣いが出来てさ」

「あははは……」


 事実、私はソルテラ家のメイドになる前、ドレスを着る機会があった。だけど、それは今の私には関係ないことだ。


「化粧は私がやる。あれは今日練習しても間に合わないだろうし」

「化粧……」

「スティナさまのすっぴん、すごくびっくりするだろうけど、顔に出さないでね。不機嫌になっちゃうから」

「分かりました」

「化粧のやり方は、洋裁の仕事の合間に教えるね。一週間あれば覚えるんじゃないかな」

「ご指導よろしくお願いします」


 四十代の素顔を二十代に見せる化粧。

 私は化粧に無頓着だが、そのテクニックは凄いものだというのが分かる。

 スティナのコンプレックスは”老い”であり、彼女のすっぴんにはそれが強く出ているはずだ。それを私が驚いたり笑ったりしたものなら、彼女が不機嫌になり次の仕事に支障が出てしまう。

 先輩の化粧技術を学べるのは良い経験だと私は思った。

 

「スティナさまのすっぴんに動じないこと……、あと気を付けることはありますか?」

「うん、一つだけ」


 明日の仕事で気をつけることがもう一つあるらしい。


「スティナさまと一緒に買い物をする男の人がいるだろうけど……、見て見ぬふりをすること」


 私は先輩のこの一言を聞いて、メイドと使用人の間で広まる噂話が事実なのだと思った。

 スティナには愛人がいるという噂。

 ブルーノはその愛人との子供ではないかとも言われている。

 私は今回の【時戻り】でそれを確認するために洋裁の仕事を選んだ。

 なぜ隠し部屋の水晶が青白く光るのか。なぜブルーノにソルテラ家の血が流れていないのか。

 私はその噂の愛人と明日、対面する。

 

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