第16話 【四度目】一通りやった

 三度目で得られる情報はそれ以上なかった。

 スティナに技術を認められた私は、その後もグエルとの買い物に付き合わされた。

 引いた目で二人を観察していると、スティナはグエルの事を愛しているのだが、彼のほうはそうでもないというのが分かった。

 グエルはスティナからソルテラ伯爵家の内情を聞きだしている。

 スティナの雑談に付き合っているふりをして、必要な情報を抜き出しているのだ。


(あれは――、いや、今の私には関係ないこと)


 グエルはソルテラ伯爵に敵対する集団の一員だろう。きっと、他国の諜報員だ。戦争中であるマジル王国の人間かもしれない。

 カルスーン王国はソルテラ伯爵の秘術を”脅し”に使って発展してきた国だ。

 ソルテラ伯爵の動向は他国にとって有益な情報源。

 グエルはスティナからそれを貰っているのだ。その対価は彼女の愛人になり続けること。

 スティナが望むことをしていたら、自然とブルーノが生まれたというのが、私の推測だ。

 グエルがどんな人物で何をしていようが、私には関係ない。

 私の目的はオリバーを救うことなのだから。


「さて……、どうしようかしらね」


 私は隠し部屋にある書斎の椅子に足を組んで座り、で今回の出来事を振り返りながら独り言を呟いた。

 次で四度目の【時戻り】になる。

 水晶に時を戻る時期を伝えれば、私はそこに戻ることが出来る。

 私はずっと”三か月前”、皆に紹介される場面に【時戻り】をしていた。

 そこで、掃除、洋裁、料理と三つに分岐する仕事を全てやった。


「同じように戻って、仕事を選択するの……、面倒になってきたなあ」


 私がすぐに戻らない理由は、同じ期間に戻ることを面倒に感じたからだ。

 水晶は任意の時間に私を【時戻り】させることが出来る。

 三か月前、私が皆に紹介される場面と制限されているわけではない。私の命令に水晶が応えているだけ。


「私の仕事内容を変更できるのが、三か月前の紹介の時。それより時を進めると……、掃除の仕事に固定される」


 私は考えを整理し、可視化させるため、隠し部屋にある白紙の紙とペンを使い、自分の身に起こったことを三つに分けて書き出した。


「掃除の仕事でいいのなら……、二か月半前でよさそう」


 私はそう結論を出した。

 掃除の仕事であれば、屋敷内を自由に動き回ることが出来るからオリバーと接触しやすい。

 ただ、どうやってオリバーにこの部屋の存在を伝えるか、その手段を思いついていない。

 それと問題はもう一つある。

 私は部屋にある歴代ソルテラ伯爵の魔法研究書を手に取り、ペラペラとページをめくった。


「なんて書いてあるか、さっぱり分からないんだよね」


 遺伝なのか、どの研究書も癖の強い字で書かれていて内容がさっぱり分からないのだ。

 私は魔導書を閉じ、ため息をついた。


「書いてある内容が分かれば、オリバーさまにお伝えすることが出来るのに」


 この部屋の存在を伝えられれば一番だが、ここで研究した魔法についてそれとなく伝えられれば、オリバーが戦争に生還するかもしれない。


「この文字の読み方、知っている人がいればなあ……」


 次の【時戻り】は、癖字を解読する方法を探そうと思っている。

 それを探すには、洋裁や料理では難しい。


「よーし!」


 覚悟を決めた私は、青白く光る水晶を手にした。


「私を”二か月半前”に戻して!!」

『……時を戻そう』


 私は水晶に命じ、二か月半前に【時戻り】した。



(いたっ)


 違う時間に【時戻り】するのは初めてだ。

 直後に感じたのは、全身を床に打ち付けるような激痛だった。

 床に全身を打ち付けたみたいだ。


「お前のせいでバケツの水がこぼれた――」

「……」

「聞いてるのか!」


 頭上からブルーノの罵倒が聞こえる。

 私は痛みをこらえて立ち上がり、ふんぞり返っているブルーノを見る。


(ああ、こいつに脚立の脚を折られて、床に叩き落されたんだっけ)


 ブルーノの言葉を聞いて思い出した。

 度が過ぎた嫌がらせだったし、当時の私はメイドの仕事が向いてないんじゃないかとか辞めようかと後ろ向きの考えをしていた。


「すぐに終わらせます」

「俺が戻るまでに終わらせろよ! ブス」


 ブルーノは私にそう吐き捨てると、この場から去った。

 彼が去った後、私は強打した左腕をさする。


「いった……」


 触れただけで痛い。何もしなかったら、翌日腫れているだろう。

 この状態で窓ふきとこぼれたバケツの水を拭き取らないといけない。


(そんなの無理で、普通だったらブルーノに怒られるパターンなんだけど)


 私はそうならないことを知っている。

 何故なら――。


「やあ、エレノア」

「オリバーさま」


 オリバーが私を見つけ、回復魔法をかけてくれるからだ。

 私は左腕をおさえ、その場にうずくまった。

 

「エレノア!?」

「す、すみません……。脚立から落ちて身体を床に打ち付けてしまって」

「そ、それは大変だ!! ちょっとごめんよ」


 私がケガをしていることに気づいたオリバーが、私の腕に触れる。それと同時に痛みがすうっと消えた。


「回復魔法、ありがとうございます」


 私は回復魔法をかけてくれたオリバーに礼を言う。

 その後、オリバーはブルーノが蹴って壊した脚立とその衝撃で倒れたバケツを【時戻り】の魔法で元に戻してくれた。

 ここまでは過去の私が体験した通り。

 

「――このことは、メイド長に言っておく。ブルーノと会わない仕事に移してもらうように――」

「いいえ、私はこのまま続けます」

「えっ、でも、ブルーノが……」

「今日のブルーノさまは気が立っていただけです。次は、上手くやりますので」

「そ、そう……。エレノアは強い子なんだね」


 私はオリバーの申し出を断った。

 ブルーノに会わない仕事。それは庭園の仕事になる。そっちに配属して、小屋に向かうオリバーとの好感度を上げるのもいいが、今回の【時戻り】の目的である、歴代ソルテラ伯爵の癖字の読解方法を見つけ出すことに当てはまらない。

 オリバーは私の返事を聞き、ぽかんとしていた。


「メイド長が『今回の新人は期待できる』と褒めてただけあるね。弟のことで大変だろうけど、これからもよろしくね」

「はい! お気遣いありがとうございます」


 オリバーは愉快にこの場を去って行った。


(ああ、ここに【時戻り】してよかった)


 私はオリバーの後姿が見えなくなるまで、ずっと見ていた。

 後ろ向きな考えだった、辞めようとおもっていた私がメイドの仕事を続けようを決心したきっかけ、オリバーに尽くそうと誓った出来事だったから。


「オリバーさま、私があなたをお救いします」


 今の私は別の目的がある。でも、それもオリバーのためであることは変わりない。


 

  

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