第12話 確信したこと
仕事場から庭園に来た私は、軟膏草の道を通り、ツタに絡まれた小屋へ向かった。
扉をノックすると、小屋の中からオリバーが出てきた。
「君は――」
「一か月前から働き始めた、エレノアと申します!」
「厨房にいる子だよね。頼んでたお菓子を持ってきてくれたのかな?」
「紅茶と一緒にお持ちいたしました」
「ありがとう」
私はオリバーに紅茶とジャムのついた焼き菓子が入ったカゴを渡した。
それを受け取ったオリバーは、扉を閉めようとする。
「あの!」
その前に私はオリバーに声をかけた。
扉を閉める手が止まる。
「えっと、他に僕に用かな?」
オリバーは戸惑った様子で私を見る。私でなければ、用事を終えたら小屋から去ってゆくからだ。
私が気になっているのは、オリバーがこの小屋で何をしているかだ。
私室と同様で、ここはオリバー以外入ってはいけない場所になっている。
「オリバーさまは、この小屋で何をされているのですか?」
「え!?」
私の質問にオリバーは驚いた。
メイドが主人の行動について尋ねてくることが無いからだ。
ベテランのメイドであれば、穏やかな性格のオリバーでも「非常識だ」と怒るだろうが、働き始めて一か月の新米メイドならば、小言を呟きつつも答えてくれるだろう。
「……気になるかい?」
「はい。とっても気になります!!」
「目を輝かせてねだれると、追い返せないなあ」
オリバーは私の期待に満ちた表情を見てため息をついていた。
「今回は特別だからね。ほら、中に入って」
「ありがとうございます!!」
閉めかけた扉を開き、私を招き入れる。
私は謎に満ちた小屋の中に入った。
「ここは、僕しか入っちゃいけない部屋なんだ。それと、メイドは主人の行動について聞いちゃいけないよ。次からは気を付けてね」
「気を付けます……」
オリバーは私に優しく注意する。
そして、この小屋はオリバーしか入ってはいけない場所になっている。
使用人、メイド、そして家族も入ってはいけない場所。どこかで聞いたことがある。
「それは、オリバーさまの私室と同じ規則ですね」
「ここは……、三代前のソルテラ伯爵家が残した場所だから」
「オリバーさまのひいお爺様が……?」
この小屋はオリバーの祖先が残したもの。
だが、ここまで来なくても私室の隠し部屋に沢山残されているではないか。
どうして、彼はわざわざここまで来ているのだろうか。
やはり、この小屋には私が知りたいことがある。
「百年前に建てたもの……、比較的新しい建物なんだ。曾祖父の頃からあって、それが僕に引き継がれてる」
「初代ソルテラ伯爵は、三百年前にこの屋敷を建てたと言われていますが……」
「この屋敷、一度、火事で全焼して全部無くなっているんだ」
「そ、そうなんですか!?」
ソルテラ伯爵と屋敷の歴史はメイドの基礎知識として、メイド長に叩き込まれている。
その知識だと、この屋敷は三百年前にあると聞いている。一度、建て直したと聞いているが、その理由が火事だったとは。
でも、歴代ソルテラ伯爵の私室に隠されていた部屋には、初代ソルテラ伯爵が残したであろう日記や【時戻り】の水晶がある。もしかしたら、あの部屋は魔法で造られた特別な空間なのかもしれない。
「この小屋は、僕の魔法研究所さ」
「なるほど。だから誰も入ってはいけないのですね」
「そう。この小屋の中には他の人に見られたくないもの、触られたくないものが沢山あるんだ。だから、エレノアも小瓶と紙束が置いてある机には触らないでね」
「分かりました」
この小屋は魔法研究所。
オリバーたちはここで新しい呪文や魔法薬を研究していたようだ。
(ああ、そうなんだ)
私は今のオリバーの話を聞いて、確信したことがある。
それは、オリバーが隠し部屋の存在を知らないことだ。
なぜ当代のソルテラ伯爵に伝わらなかったのか、原因は百年前の火事だ。
きっと屋敷が全焼し、曾祖父の代での引継ぎが上手くいかなかったのだろう。
火事については、大昔の使用人の記録を確認すれば詳しいことが出てくるはず。
「私の疑問に答えてくださり、ありがとうございます」
「僕の答えに満足してくれたんだね」
「はい!」
「じゃあ、仕事に戻って」
小屋のことが知れて満足した私は、仕事へと戻る。
オリバーに深く頭を下げ、この場から去ろうとした直後、彼が「あっ」と私に言い忘れたようなそぶりをした。
「君が作ったパン、ふわふわで美味しいんだってね。今夜、僕もそのパンを頂いてもいいかな」
「ぜ、是非!! 夕食にどうぞ」
「シェフにお願いしておくから。楽しみにしてるよ」
私は嬉しい気持ちを顔に出さぬよう、唇を強く噛みしめ、小屋を出た。
オリバーに褒められた。
オリバーの夕食に私の作ったパンが出る。
オリバーに私が作ったパンを食べてもらえる。
庭園から仕事場へ戻る間、嬉しさで感極まった私は、庭園から仕事場までスキップで戻った。
二度目の時戻りで知りえた情報はこれだけ。
私の喜びは、二か月後、オリバーの戦死によって絶望へと変わった。
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