第二章 新米メイドと記憶の断片

第7話 【一度目】誰が作ってもドレスはドレスなのに

 与えられた仕事が変われば、覚える仕事内容も変わる。

 新しい仕事は、ブルーノに遭遇することはなかったが、スティナと多く関わった。


「なに、あのブス。満足に仕事も出来ないの!?」

「スティナさま、申し訳ございません。エレノアはまだ屋敷に勤めて一か月の新人ですので」

「あなた、一か月の新人に私の服を縫わせたわけ!? あの生地、それなりの値段したのよ!! なのに、仕立てた途端、柄がずれているってどういうこと?」

「申し訳ございません。同じものをすぐに用意いたしますので」


 洋裁の仕事は主に、オリバー、ブルーノ、スティナの洋服を繕う仕事だ。

 洋服の難易度はそれぞれブルーノ、オリバー、スティナとなる。

 私は簡単なものから順に、先輩に教わりながら三人の洋服を作った。

 ブルーノは派手な装飾が多いものの、やせ型なため、基本さえ覚えれば難しくなかった。型紙も一般的なものが多く、彼の服は二週間で合格点を貰えた。

 次に、オリバーの服はふくよかな体型向けなので布地がブルーノより多くなり、難易度が少し上がる。型紙も特注品だ。けれども、作り方はそう変わっていないし、直線の縫い方が多かったため、四日ほどで合格点を貰えた。

 そして、スティナの服。これは二人とは比べ物にならないほど難しかった。

 前の二人にはなかったものが加わる他、レースや飾り石などの装飾も縫い付けないといけない。特にフリルを縫い付けるのには苦労した。先輩から合格を貰ったものを出したのに、スティナは縫い目の柄が少しずれていると文句をつけてきた。


「今日中に用意しなさい!! 分かったわね」

「至急用意いたします」


 私とメイド長はスティナに深々と頭を下げ、彼女がこの場から去るのをひたすら待った。

 そして、スティナの足音が遠ざかる。


「――もう、いいわよ」


 メイド長に肩を叩かれ、私は顔をあげた。


「申し訳ございません、私のせいで――」


 私はすぐにメイド長と服飾の先輩に謝った。

 しかし、先輩は私を叱ることなく笑っていた。


「気にしないで、あれはただエレノアに難癖付けたいだけだから」

「え……?」

「あの人、エレノアのことが気に食わないだけなのよ」

「わ、私は何も――」

「スティナさまの嫌いなものは”若さ”と”美しくないもの”。エレノアはその二つを無自覚に持っている」


 以前の私であれば、その意味が分からぬまま仕事をしていただろう。

 だが、今の私には先輩の言った意味が分かる。

 スティナの年齢は四十代前半。お金と時間をかけて二十代後半くらいの美貌を手にしている女性。彼女にとって二十歳の私はとても若い。すっぴんでも肌にハリとツヤがあることはとても妬ましいことなのだろう。

 そして、すっぴんの私は奥二重で周りの先輩たちよりも容姿に恵まれていない。スティナにとって私の容姿は”美しくないもの”なのだ。


「スティナさまは何をしても私の事がお嫌いで、文句を付けたいのですね」

「……そういうことね。あなたが作ったドレスは素晴らしいものよ。スティナさまが文句を言った箇所だけど……、ここ、ずれていないでしょ?」

「はい。私はそう思うのですが……」

「スティナさま、視力の衰えが来たのかもね」


 服飾の先輩たちは掃除の班よりも毒舌である。

 オリバー、ブルーノ、スティナの三人がここを訪れることが少ないからかもしれない。


「ふふっ」


 私は先輩の冗談で少し気分が良くなった。


「では、このドレスの出来は間違いないのですね」


 私と先輩の会話にメイド長が割り込む。

 先輩は胸を張って、答えた。


「間違いありません! 少し時間をおいて、別の者が作ったことにすれば、スティナさまの機嫌も収まるでしょう」

「……分かりました。引き続きエレノアの指導をお願いしますね」

「はーい!!」


 メイド長は問題のドレスを抱え、別の仕事へ向かった。

 二人きりになると先輩は顎に手をやり、何かを考えていた。


「あの……、先輩?」

「今日はね、スティナさまの反応が見たかったのよ。あの人、ドレスの出来はもちろん、作った人の顔も気にする人だから」

「誰が作ってもドレスはドレスなのに」

「あの様子だと、スティナさまのドレスやブルーノさまの洋服を作るのも難しそうね……」

「え、私……、掃除班へ異動ですか?」


 たとえ、完璧な洋服を作ったとしても、作り手が私だとスティナとブルーノは難癖をつけて受け取らないだろう。二人の洋服が満足に作れないのであれば、別の部署へ移るのが妥当。そうなれば私に残されているのは掃除班の道しかない。

 以前、掃除をしているだけでブルーノに暴言や暴力を振るわれた過去を思い出し、身体の震えが止まらない。


「ううん、オリバーさまの洋服をお願い。明日、採寸するからついて来て」

「は、はい!!」


 オリバーに接近する機会がすぐに訪れるなんて。

 私はオリバーに会えることに驚き、返事をする際、声が裏返った。体の震えもすぐに消えた。

 違う選択をしたことで、ちょっとずつ良い方向に変わっている。

 未来だって、変えられるかもしれない。

 時戻り一回目の私は少し物事が変化するたびに、結末が変わるかもしれないと浮かれていた。

 しかし、運命はそう簡単に変えられないのだ。

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