第8話 私が仕立てる服

 翌日、私たちが働いている場所に、軽装のオリバーがやってきた。


「オリバーさま、採寸を始めますね」

「お願い」


 メジャーを持った先輩が、オリバーの身体を測り、私が彼女が言った数値を記録する。

 一着の洋服を作るにも、肩幅、胸部、腹部、下腹部といろいろ測るする場所が多い。

 私は先輩が言った数値を聞き逃さないようにするのに必死だったが、先輩はオリバーと雑談するまで余裕があった。流石この道のプロである。


「あら、全体的にスリムになられましたね」

「そうかい? でも、微々たるものだろう」

「何か食事を変えられましたか?」

「うーん、食事よりも運動をしているかな」

「運動……、オリバーさまは庭園にある小屋によく行かれていますよね」

「部屋から小屋までいい散歩になるよ。これ以上、太りたくはないからね」


 先輩の会話から、私はオリバーの情報を聞き取る。

 前回の採寸よりもスリムになった。これはいらない。

 彼は私室と庭園にある小屋を行き来している。これは有益。


「でしたら、食事量を減らしたらいいのに」

「……はっきりとものを言うのは君だけだよ」

「あははは。三年前から急激にふくよかになられたのを見ている私からしたら、身体に良くないと余計なことを言ってしまうのですよ」

「えっ! オリバーさま、昔は痩せておられたんですか!?」

「こら、エレノア!!」

「す、すみません……」


 先輩とオリバーの会話の内容に驚いてしまい、二人の会話に割り込んでしまった。

 ただの記録に来ているメイドとしてあるまじき失態だ。

 先輩に注意され、私はすぐに二人に謝った。


「この子……、ああ、一度会ったね」

「ええ、一か月前に新しく雇ったエレノアです。次の洋服は彼女に作らせようと思っているのですよ」

「へえ! 僕の服を君が作ってくれるんだね」

「はい。素敵な衣装に仕立てます!!」

「それは楽しみだ」

「コホン……、では採寸を続けますわ」


 時戻りをして服飾班に配属された私はオリバーとの接点があまりない。

 掃除をしていた時よりも、彼の反応が薄いのはそれが原因だ。

 私はすぐに記録の仕事へ戻る。自分の仕事をこなしつつ、二人の会話に聞き耳を立てる。


「王様に謁見するための訪問着ですもの、いつもより豪華にしますからね」

「いつもの訪問着でいいのに……」

「同じ訪問着ばかり着ていらしたら、周りの貴族にソルテラ伯爵家は服を新調する余裕のない”貧乏な家”に見られますわ。少しは訪問するごとに豪華な衣装を仕立ててゆくスティナさまを見習ってください」

「僕はそうみられても全然いいのだけど」

「何をおっしゃいます! 見栄を張るのも貴族の仕事の一つです!!」

「そ、そうかい……」


 今の会話で、私が仕立てる洋服の用途が分かった。

 王城へ出掛けるための訪問着。

 そこでオリバーは国王に出兵を命じられる。

 その先の結末は、私だけが知っている。

 私が勤めて一か月目から、オリバーが国王に呼ばれる話は出ていたのだ。


(オリバーさまの洋服を仕立てられるのは嬉しいことだけど)


 国王から死の宣告を受けるために着るものを結末を知っている私が仕立てるなんて、非情にもほどがある。



 採寸が終わり、型紙と生地が私の元へ届く。

 私は型紙の通りに印を付けたところで、ため息をついた。

 大好きなオリバーの服を仕立てるというのに、やる気が出ないのだ。


「ちょっと、全然進んでないじゃないの」

「ごめんなさい」


 作業は予定よりも半日遅れている。

 今頃、布地を裁断して縫製に入らないといけないのに、私はそれが出来ていなかった。

 先輩が私の作業の進み具合を見て、注意をする。


「……気分が乗らないなら、この仕事、辞める?」

「いえ! 最後までやらせてください!!」

「なら、その暗い顔をどうにかしなさい」


 先輩が指摘したくなる程、私は暗い気持ちでこの服と向き合っていたようだ。


「一旦、外に出て休憩してみたら?」

「外……」


 洋裁の仕事についてから、教わることが多く、外へ出て休憩することがなかった。

 庭園にはオリバーがよく利用している小屋もある。そこで彼と出会えるかもしれない。


「はい。庭園に出て新鮮な空気を吸って来ようと思います!!」

「そうそう。行っておいで、エレノア」

「先輩、お話聞いてくださりありがとうございます」


 私は先輩の助言に従い、仕事場を出て、オリバーに会うため庭園へ向かう。

 

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