第5話 偶然のすり抜け

 スティナが広間に使用人とメイドを集め、ブルーノが次期ソルテラ伯爵になることを宣言する。

 

「あいつの遺品を明日中に整理しろ。貴様だけでな」


 オリバーの遺品整理は私に押し付けられた。

 ブルーノは私の顔が気に入らなくて、嫌がらせをしていたのだから、大変で達成できもしない仕事を私に押し付けるのは自然な流れだった。

 要件を全て伝えると、ご機嫌なスティナとブルーノはそれぞれお気に入りの従者を従えて、屋敷の外へ出て行った。スティナは買い物で、ブルーノは女遊びだろう。


「エレノア、大変だろうけどお願いね」

「はい……」


 メイド長は申し訳なさそうな顔で、私に声をかける。

 私はオリバーが死んだという事実を受け入れられないまま、とぼとぼとした足取りで、彼の私室に入った。

 当主以外、入ることを禁じられた部屋。

 掃除やお茶を持って入ることさえ許されない。


(掃除が行き届いている。それに、整頓されている)


 初めて入る部屋。

 二週間、主がいなかったせいか、少し埃っぽい。

 私は部屋の窓を開け、新鮮な空気に入れ替える。

 全体を見渡すと、物が床に散らかっていることはなく、タンスやクローゼットにしまってある。

 タンスを開けると様々な大きさの木製のトレーが置かれており、その中に決まったものが入っていた。小物はすべてこのように整頓していたみたいだ。

 クローゼットは同じような服が五着、礼服が一着、喪服が一着と少ない。だけど、帽子とネクタイ、杖の数は多くそれでおしゃれを楽しんでいたようだ。

 宝石類は身に着けるよりも、飾って楽しむことが好きだったようで標本として並んでいた。

 本棚は高さが揃えられており、巻数があるものは順番に揃えられている。


(……どこから取り掛かろう)


 私は仕事を明日中に終わらせるためにはどう動いたらいいのか、頭の中で組み立てる。

 その計画をテーブルの上に置いてある紙とペンで箇条書きにまとめた。

 服、宝石、本はすぐに片付くとして、まず始めは大きいものから。


「これよね」


 大きいものとして、目についたのは見知らぬ男性が描かれた肖像画だった。

 ふさふさな金髪で空の色のような碧眼。

 細身の体型だが、どこかオリバーさまを思わせる。


「オリバーさま……」


 優しかった主人を想うと、瞳から涙がこぼれた。

 その涙は頬をつたい、床にポタポタと落ちる。


「どうして、どうしてあの人が死なないといけないの……!」


 オリバーはもういない。

 あの笑顔はもう見られない。

 私は膝から崩れ落ち、声を出して泣く。

 主人を失った悲しみを抑えて仕事をすることは、私にはできなかった。



(……やらなきゃ)


 悲しみの感情を全て吐き出したところで、私は仕事を再開する。

 ポケットからハンカチを取り出し、涙を拭き取り、鼻水をかんだ。

 額縁の両端を掴み、壁から取り外した。それを部屋に出し、廊下へ置く。

 それから、本、洋服、帽子、杖と順に部屋の外へ出してゆく。


「あとは……、細々としたものね」


 私は箇条書きにした用件を確認し、終わらせたものにチェックを付ける。

 半分チェックが付いたが、大変なのはここからだ。


「ふう……」


 働きづめの私は、疲れをとるため、肖像画が立て掛けてあった壁にもたれかかる。


「え!?」


 壁にもたれかかったはずなのに、私の身体は支えられることなく、壁の向こう側へ倒れた。

 予想外の浮遊感に私の頭は混乱していた。


「すり抜け……、た?」


 私がもたれかかった場所が壁ではなかったことを理解するのに時間がかかった。

 ばたんと絨毯の上に倒れた私は、身体を起こす。


「ここは?」


 私の視界に広がったのは、オリバーの私室ではない別の部屋。隠し部屋。

 薄暗いこの部屋には、本と紙束、何かが入った小瓶が並ぶ。

 恐る恐る私は、一冊手に取り、ぱらぱらとページを開いた。

 癖の強い筆跡で書かれており、内容は全く分からない。ページの上部に日付が書かれていたので誰かの日記のようだ。


「これも……、オリバーさまの遺品なのかしら?」


 この部屋も遺品整理の対象なのか、首を傾げる。

 そうなると、計画の立て直しだ。一度、メイド長に相談したほうがいいのではないか。


「一旦、何があるか確認しよう」


 考えた末、私はこの部屋になにがあるのか把握することにした。

 まだ、部屋の中で一番目立っているものを確認していない。

 私は机の上で青白く光る水晶玉を手に取った。


『私は初代ソルテラ伯爵』

「えっ、だ、誰!?」


 頭の中に知らない男の人の声が響く。

 私はこの部屋に誰かが入ったのかと錯覚し、きょろきょろと辺りを見渡した。


『この水晶を手にするものよ、協力してほしい』

「……この水晶から聞こえてる?」


 声の主に訊ねても答えは帰って来なかった。

 この声は水晶に記録されているもので、一方的にしか話せないようだ。


『私の血筋を絶やさぬため【時戻り】をしてほしい』

「えっ?」

『さあ、”いつ”に戻す?』

 

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