第4話 主人は屋敷に帰らない

 オリバーに壊された脚立と零されたバケツの水を元に戻してもらい、私は窓ふきの仕事にもどる。

 窓ふきが終わり、脚立とバケツを持って、それらを所定の場所へ戻そうとしていたところ、メイド長と鉢合わせした。


「ああ、エレノア。窓ふきの仕事が終わったのね」

「はい、これを片づけたら、先輩に次の指示を貰います」


 メイド長から声をかけてくるとは、私の事を探していたのかもしれない。

 私は彼女に用品を片づけたら次の仕事をすると言った。


「いえ、あなたは別の子の下で働いてもらうわ」

「え? どうして――」

「先ほど、オリバーさまと話してね。あなたに別の仕事を与えたほうがいいって言われたのよ」

「オリバーさまが……」


 あの話は冗談だと思っていたのに、本当にメイド長に掛け合ってくれたんだ。

 オリバーの気遣いに、私の心の中がポワッと暖かい気持ちになる。


「こちらこそ、ブルーノさまの嫌がらせに気づかなくてごめんなさいね」

「……」

「脚立を片づけたら庭園の作業場へ向かいなさい。話はつけてあるから」

「わかりました」


 私に次の指示を送ると、メイド長は去ってゆく。

 謝罪はされたものの、彼女はオリバーの一言が無ければ、ずっと同じ仕事をさせていただろう。

 うわべの言葉だと私は思っている。

 ブルーノの嫌がらせだって、見て見ぬふりだったに違いない。


「これできっと、働きやすくなる」


 内心、ブルーノの嫌がらせでメイドの仕事が向いてないのではないかと、後ろ向きな考えをしていた。

 脚立を壊され、高い場所から落ちた時はメイドの仕事を辞めようかという考えが脳裏によぎった。

 だけど、オリバーが私を助けてくれた。

 ブルーノの嫌がらせがなければ、本来の私の力が出せるはず。


「オリバー様の生活がよくなるように、いっぱい働こう」


 その後、私は身を粉にして働く。

 だけど、二か月後、悲しい結末が待っていた。



「皆、大事な話がある」


 ある日、オリバーは使用人とメイド全員を広間へ集めた。

 その頃、私はブルーノの嫌がらせが無くなり、仕事が順調な時だった。

 皆の輪の中央にいるオリバーは神妙な面持ちでいた。

 先日、オリバーは屋敷を出て王都へと向かった。そこで国王になにか命令されたに違いない。


「僕は悪い戦況を打破するため、出兵することになった」

「オリバーさまが……、出兵!?」


 オリバーが出兵する。

 彼の発言にこの場にいたもの全員が動揺した。私もその一人である。

 ソルテラ伯爵家の起源は、三百年前の大戦で”太陽のような火球”を戦場に放ち、祖国を勝利に導いた英雄からなる。その秘術は強力で、戦場となったカルスーン王国とマジル王国の国境近くには、その火球を放ったことで生まれた、巨大なくぼみがある。

 カルスーン王国はソルテラ伯爵の秘術を武器に、各国を脅し、発展してきた国だ。

 オリバーが国王に出兵を命じられた。それは最終兵器を戦場に配置しなくてはいけない状況まで追い込まれていることを意味する。


「僕がこの戦争を終わらせてみせる。だから、帰ってくるまで屋敷を守ってほしい」

「「はい!」」


 皆の声が重なる。

 不安ではあるものの、オリバーが戦場に出て初代のように秘術を放てば、この戦争は勝ったも同然。

 ただのメイドである私はて主が帰ってくる場所を綺麗に掃除して待っているしかない。

 

「明日、屋敷を出てゆく。荷造りに三人欲しいんだけど」

「……かしこまりました。早急に手配いたします」


 オリバーは執事長とメイド長に命令する。

 二人はオリバーに深々と礼をし、命令にすぐに対応すると言った。


「留守の間、家のことは義母さんに任せることにした」


 オリバーは家令である中年の男性に視線を向ける。


「僕がいないことで、義母さんとブルーノが無駄遣いをするかもしれない。その時はお前が制御してほしい」

「かしこまりました」


 荷造りの他に、資産の管理について口にした。

 オリバーが留守の間、スティナは洋服や宝飾品を好きなだけ買い漁るだろうし、ブルーノもメイドに対するいびりが強くなってゆくだろう。屋敷の環境が悪くなるのは避けられない。

 戦争に出る方が辛いだろうに、残してゆく私たちのことを憂いてくれる。


「話はこれで終わり! 皆、各自の仕事に戻ってくれ」


 重い話が終わり、わたし達はそれぞれの仕事に戻る。

 オリバーの魔法で戦争が終わり、彼は屋敷に帰ってくる。

 私はそう信じて、働き続けた。

 しかし、オリバーが屋敷を出て二週間後、私が働き始めて3ヶ月目になる日、ブルーノの口から“オリバーの死“を告げられる。



 

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