『雲』ショートショート(1000字程度)

@akaimachi

『雲』

「あのー、すみません」

 低姿勢な声が遥かに高い位置から聞こえてきた。

「はい、?」

 声の主の在処が分からないままでも、返事をしなければならないという真面目さが先立ち、返事をしてしまう。

 そして、この何秒後かは不明だか、見切り発車をした自分に後悔をした。

「急にすいません。お尋ねしたいことがありまして」

 言葉遣いに大人っぽさは感じるが、声質は中世的で、年齢は不詳に思える。

 いや、そんなことよりも、会話を続けるにあたって目を合わせられていないことが特記事項だろう。と自分の中でこの不可解さに区切りをつけた。

「あの、どちらにいらっしゃいますか?」

 懸命に周りを見ようと左右に顔を振る。見つけられない焦りからか、探す気がないに等しい空回りの右往左往になってしまう。

「上です。上」

 相変わらず落ち着いたまま、確かに自分より上部から声がする。と言うより、声が降ってきていた。

 上、と言う言葉を素直に受け止めるなら、真上に違いない。「まさか」とありきたりな言葉を小さく呟き空を見た。

「あ、そうです。ここです。ここ」

 唖然。とはこう言う状況のことを指すのだろう。

 雲が私に話しかけていた。目の前で悠然と浮かんでいる、あの雲が話していることが、なぜか明らかに分かってしまう。、口や目や鼻といった顔のパーツがあるわけでもなければ、人の形をしている訳でもない。それなのに私に用事があると声をかけてきているのが、あの雲だと、何故か分かる。

 この不可思議な状況に、唖然としていた。紡ぎ出せるような、いや、絞り出せるような言葉がこの二文字でしかなかった。

 ただ、空に浮かぶ雲は私の止まった思考には鈍感なようで、スラスラと話が続いていく。

「さっきまで居眠りしてしまっていて、そしたら私の身体が迷子になっみたいでして、見てないですか?」

 うん、見てない、としか言いようがない。そう突き放してしまいたかったが、私の真面目さが悪さをする。

「あなたの身体は、どんな形だったんですか?」

 空と私のいる場所は、何メートルで簡単に表せないくらいかけ離れているはずなのに、会話自体は電話のようにスムーズだ。

「えーっと、少し中央がくぼんでて、そのまま大きいカーブが1つ、小さいカーブがふたつって感じなんです」

 説明し慣れてるのか、よどみなく特徴が出てくる。

 聞き取りながら周りの空を見渡していると、頭の中に描いた雲と重なるものがあった。

 地上から空を見る方が全体を把握しやすいらしい。本当にすぐに見つけられた。

「あ、あれ」

 おもむろに指さしをすると、

「あーー!いたーー!ありがとうございます!!」と晴れ渡った声で勢いを増すのか、突風が吹いたように流されて行った。

 雲というものは風に揺られて、時間と一緒にゆったりと流れているものだと思っていたが、あんなに俊敏に移動ができるらしい。

 私の身に起きたへんてこな状況を、飛ばされた雲を眺めながら振り返ろうとしていのに、黄昏る間はないらしい。、

「あのー、私の右側が迷子でーーー」

 ……また違う声質が雨のように降ってきた。


「私、雲の迷子センターじゃないです!!」

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