契約結婚、続けたいと思ったときは遅かった男の後悔

木桜春雨

第1話 契約結婚、続けたいと思ったときは遅かった男の後悔

フランシーヌ、彼女は貴族女性だが初婚ではない、前夫は高齢で病気で亡くなったのだ。

 燃えるような愛情はなかったが、それなりに幸せだったと彼女は思っていた。

 驚いたのは夫が自分に残してくれたものだ、君は頭もいいし商才もあるといつも言っていたいた、結婚してから、しばらくしてから色々な人物に紹介してくれた。

 女一人なら簡単には会ってはくれないような人物との繋がりは金よりも価値があると知ったのは夫が亡くなった後だった。

 

 

 出戻り、いや、夫を亡くした貴族の女が婿を探しているという話に飛びついた男は結婚には二度、失敗していた。

 今年、三十になったばかりだが、精悍な顔と無駄のない体つきは年寄りも若く見られた。

 貴族なのである程度の金はある、たせから女たちの受けはいい。

 だが、それだけだ、付き合い始めてしばらくすると女たちの方から離れていくのだ。

 爵位はあっても、金はそこそこだと女もそれなりに値踏みをしてくるのだ。


 自分は商会の仕事に専念したいので愛人や妾を持ってくださって構いませんという言葉は男の自分にとっては都合がいいと思ってしまった。

 もしかしたら、裏があるのかもと思ったが、夫となる男は受け入れ承諾した。

 結婚生活は三年、その後は離婚するという。 

 

 若くはない、三十路になったばかりのフランシーヌと会ったときの最初の印象は地味な女性という印象だ。

 愛人を作ってもかまわないと言うことは子供は好きではないのかもしれない、だがそれは自分もだ、見た目からしてタイプではない、手を出すつもりはなかった。

 

 

 結婚して数ヶ月、男は街の娘に手を出した、貴族の男に手を出されたという事で娘の家族は驚いたが、チャンスと思ったのかもしれない。 しばらくすると娘は貴族の屋敷を尋ねてきた。

 それだけではない、妊娠したというのだ。

 子供ができたことは男にとっては驚きというより予想もしないことだった。 

 男の降ろしてくれと言う言葉に娘は反対した。

 「あなたの子供なんです、堕ろせとおっしゃるんですか」

 すると娘と奥様に話してくださいと懇願した。

 同じ女なら子を産みたいという気持ちをわかってくれますと頑固なまでに言い張った。

 すると、妻は商売と金儲けにしか興味がないので、そんなことはいうだけ無駄だと男は首を振った。

 だが、娘は頑固だった、仕方ないと男は久しぶりに妻のいる別宅を訪ねた。

 

 「妊娠ですか」

 本題を切り出した。

 「産みたい、奥様は女だから自分の気持ちがわかる筈だと頑固で、なかなか折れない」

 妻の視線から逃げるようにわずかに顔をそらす、仕方ないですねと彼女は呟いた。

 「避妊はしなかったんですか」

 怒りは感じられない、淡々とした口調に、もしかして妻は呆れているのかもと思っていると。

 「できたものは仕方ないです」

 と女は呟いた。

 女と一緒に暮らしたらどうですと言われて男は迷った。

 「ですが、生活費はあなたが出してください、商会はこれから大変なんですから」

 「大変って」

 妻は笑うだけだ。

 

 娘は貴族の館に住むということに有頂天になった、もしかして男は子供ができた事で自分を正式に妻にしてくれるかもしれないという夢さえ抱いたとしても無理はないだろう、だが、その日。

 

 その日、屋敷を訪ねて女性に娘は驚いた。

 「もしかして、奥様ですか」

 頷く女性の姿を見て、打ちのめされた。

 着ているものから身につけているアクセサリーは綺麗で、自分とはあまりにも違いすぎると思ったのだ。

 すると視線を感じたのか、女性は自分の胸元を見た。

 「黒真珠を見たことがないようね」

 「し、真珠ですか、黒なんて」

 初めて見る宝石によくないとわかっていても視線を外すことができない。

 「希少なものなの、王族でさえ、所持している者は片手の数もいないわ」

 「そ、そんな、高価なもの」

 娘は自分が持っている今まで男から送られた宝石やアクセサリーを思い浮かべた。

 「あなたの、それ、あのひとからのプレゼントでしょう」

 女の言葉に頷く、すると人前に出つけるのはやめなさいと言われて娘は驚いた。

 すぐには返事ができなかった、まさか、偽物だなんて信じられない。あるわけがないと思った。

 

 自分の送った宝石が偽物だと、その夜、娘から言われて男は驚いた。 

 馬鹿馬鹿しい、そんなのはやっかみだと娘を宥めようとした。

 「調べてもらおう、そのほうが安心できるだろう」

 男の言葉に娘は不安そうな表情になったのは無理もない。

 本物ではなかったら、男の自分に対する愛情が嘘ではないかと思ったのだ。

 

 目の前にテーブルに置かれたピンク色のダイヤを見ると老人は目を細めた。

 「幾ら、出されました」

 白金貨、二百枚だというと少し驚いたようだ。

 「カットもですが、濁りがある、しかし、これなら仕方ないでしょうな」

 指摘されたところを見てもよくわからない、正直、気のせいではと思ってしまう。

 仕方ないというのは宝石があまりにも本物、そっくりということなのか、それとも。

 はっきりと言葉にはしない、だが、この鑑定士の視線から感じるのは自分が騙されたということだ。


 偽物だったということを伝えると娘は力なく頷いた。

 プレゼントしたときは、あんなにも喜んでいたのにと思いながら、男はわずかな不満を押し殺すように飲み込んだ。 


 三年というのは決して長くはない、だが、妻から話があると言われて離婚の話を切り出されたとき、男は驚いた。 

 妻は別れることに前向きだ、だが、自分はどうだ。

 これから先、贅沢をしなければ生きていける、だが、ここ数年、愛人にねだられて仕方なく、金の工面を頼んでいたのは妻だ。

 金貸しに借りるよりは楽だったということもある、対面やプライドを気にすることもなく楽だったせいもある。

 だが、それだけではない、メイドや庭師達も歳をとり、実家に帰る者もいる、今までよく働いてくれたと彼らに老後の足しにして欲しいと十分過ぎる程の金を出したのは妻だ。

 身分と立場、主であるというのに気が回らなかった、いや、感じてはいたのだ、館の修繕も彼女は自分から金を出した、惜しみなくだ。

 今、別れてしまったら駄目だと思った、パーティーの夜、自分は改めて妻に結婚の継続を望んでいることを伝えよう、別れたくないというんだと男は考えた。

 

 

 「皆さん、今日はようこそおいでくださりました、楽しんでください、最後の夜です」

 広間に集まった客人達は装飾に、料理に目を奪われ、簡単のため息を漏らした。

 

 「商会を閉めるとは残念です」

 「思い切った事をする、女は怖いな」

 「だからこそ、ここまで成功したといえるのではなくて」

 「職人達はたいしたものだぞ、引き抜きたいと思ったぐらいだ」

 「店を構えたものもいるとか、その資金も出したというぞ」

 

 男女の会話に男は自分の妻だった女が、周りからどう見られているのかということを改めて知った。

 

 「それにしても、フランシーヌ、思い切った事をするな、引退とは」

 「これからゆっくり過ごしたいと」

 「そんな歳でもあるまいし、いや、こればかりは」

 「でも、羨ましいことね」

 

 妻の姿を探していた元、夫は思わず足を止めた、数人の男女に囲まれている一人の女性に目が奪われたのだ。

 まさか、あの女性が、すらりとした長身、薄い茶色の髪を綺麗にまとめて結い上げている美女が自分の妻、まさか、信じられない。

 離婚の話を切り出されたときの妻の姿とは別人だ。


 「ほら、フラン、待ち人がいらしたわ」

 取り巻きの女性がこちらを見た、自分のことを言っているのか、男は踏み出そうとした、ところが。

 自分のすぐそばをフランシーヌは通り過ぎていく、気づいてもいないようだ、広間に入ってきた一人の男性に真っ直ぐに向かっていく。

 

 「皆に、お友達に紹介させてください」

 このとき、男は気づいた、一度会った事があると。

 結婚の話が決まったときにだ、中年の小柄な、どこにでもいるような男性だ。

 客人達の視線が男に集まり、皆が我先にと挨拶に向かう。

 

 「羨ましいですわ、シェルダンの南方に行かれるとか、あそこは、良いところですわ」

 一人の婦人が声をかける。

 「あら、ご存じないの、フランは、その為に色々と準備していたそうですわ」

 「売りに出されていた、あの館を手に入れたとか」

 大勢の男女に取り囲まれて男は驚き顔だ。


 「大好きな彫金ができるように専用の部屋、道具、材料を用意したんです」

 「もう、フラン、あんな顔をして」

 「見ているこちらが恥ずかしいぞ」

 「仕方ないわよ」

 

 離れた場所から見ていた男は近寄る事ができなかった。

 自分は妻である彼女と婚姻を継続させようと思っていた、なのに、それを躊躇している、今しかないというのに。

 

 

 「あなた、どうしたの」

 振り返ると愛人が立っていた。

 「私ね、家に帰ろうと思います」

 どうしてと尋ねると、私がいなくても大丈夫でしょうという言葉が返ってきた。

 自分以外にも女がいることを知っているのだ。

 「実家はないんだろう、行く当てがあるのか」

 「シェルダンに行くの」

 何故、その場所が出てくる、男は驚いた。

 「私ね、商売を始めるの、あなたの奥方が色々と教えてくれたの」

 いつの間にと思わずにはいらなかった、まるで、自分だけが取り残されていくような感覚を覚えた。

 

 広間にいる人間達は皆、楽しそうに笑っているというのに、自分だけがそうではない。

 取り残されているような気持ちを味わっていると、あなたと声がした、振り返ると半年ほど前に作った新しい愛人が立っていた、しかし、一人ではない。

 隣には男がいる、女が意味ありげな視線で自分を見ながら、口元に笑いを浮かべてきた。

 この女も自分から別れたいと言うのだろうか。

 自分の立っている場所が、こんなにも不安定なものだったとは、今更のように男は不安を覚えた。

 

 


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