逃げたら、燃えるみたいです。


 口元に静かに指を寄せた少女は、片方は僕の手首を握りしめたまま、壁際に僕を押し……押し倒した。

 

「ちょ、何を」

「ほっといたら、あのままブタ箱行き、直行、急行デスよ」


 よくわからないが、目つきは至って真剣だ。


「ありがとうございます、ですけど……急になんで」

「今、アナタは狙われてマス。うかつに出歩かないことデスね」

「は、はあ」


 状況が読めない。少女は僕の両腕を握ったまま左右を確認し、何かを伺う素振りをして、僕を室外機の前に立たせた。


「ワタシはジュディス・ストレインといいマス、とりあえずここはまだ面倒デスカラ、ワタシについてきてくだサイ」


 そういって軽く少女はブロック塀の上を立って歩き出した。ルート選択が格闘漫画か、猫か。この時点で普通の人間でないことは確定してしまった。


「ここを登ってこいと」

「イェース、来ないとシバキますよ」


 そして、たどり着いた先は普通の民家である。何人かのボディーガードが玄関前にいることを除けば、全然前の僕の自宅と代わらない外見をしている。衛星通信のアンテナもついているし、テレビは見られるらしい。


 おじゃまします……と、普通に自宅に誘われた格好となった僕に待っていたのは、異様に長い説明の時間だった。


 彼女は、UM合州国所属の特殊捜査官であり、合州国政府が僕に交渉するための窓口にもなるというのである。そして、情報を確保したあとどうするかはあちら次第、ということになる。回答までの猶予は1年間。実際起動に失敗した以上、内部の機械が存在するかどうかが不明であるため、起爆の可能性も不明であり、その調査も含める、とのこと。


「はあ」


「現状UM合州国が核に代わる新しい戦略兵器の脅威として指定したのがアナタ、K-1827なのデス」

「へえ」


「なので、今からアナタは、石上ユウジと名乗りナサイ!」


 勝手に名前を決められた。なので、という流れじゃないよね。

 一切前振りがなかったんだけども。


「え、ちょっと僕に決定権は」

「ないデス。これで住民票申請したのでネ」


「待ってくださいよ、それじゃちょっと」

「困るんデスか?通し名を名乗ってもいいデスけど、公的な書類はぜーんぶこれでお願いしマスネ」


 その豊満な体を露骨に放りだして、彼女はぴょんと跳ねる。


「自慢げに笑うなよ」

 思ったよりきつい言葉が出て、驚いた。


「なるほどォ……兵器としての使用用途から、ある程度の攻撃性のある言語を自動的に弾くデータベースは搭載していない、ということデスネ」


「多分違うと思うけど」

「というわけで、今からあなたは海上に移動していただきマス」

「え」


「当然でしょう、こんな都心に破壊兵器であるアナタを置いておくことはできません。安全保障上の懸念とか、友好条約上の問題とかいろいろありマス」


 なるほど。

 確かに、合理的だ。こんなど真ん中にあっては僕の爆発で、気楽な暮らしどころではなくなってしまう。町の住民にとっても僕は洋上で暮らしたほうがいいのかもしれない。でも唐突がすぎる。何から何まですぐにジュディスが握って、そして即決するのはどうなのだろう。


「いや、それでもさあ、いくらなんでも僕の意志を」

「返事はハイかイエスでお願いしマスね、戦場だと遅いやつから死にマス」


 ジュディスがおそらく誰かの教官からの受け売りであろう言葉を放つ。


「あなたの中にある超兵器の存在がバレたら、どうなりマスか?」

「えー、多分だけどこの辺りの皆様からものすごく嫌われるとおも……」


「それどころじゃありまセン。周りの国からワ、侵略兵器の保持を理由に、攻撃されるかもしれまセンシ?それに、そうしてアナタが処理されることになっても、国を離れたとしても、日本の皆さんからは嫌われモノになりマス」


 僕は、生まれた国から狙われる、ということになるわけだ。ネット上で有名人が誹謗中傷に晒されていることはあるが、世界の敵になるということは、何をしようとも燃えるということだ。


 ここでもやはり逃げるが勝ち、などありはしない。

 じゃあせめて分からないうちに、ひっそりと過ごすほうがいいでしょう、というジュディスの案を、僕は飲もうと思った。そもそも拒否権も与えてくれそうにない。


「わかりました、じゃ……」


 返事をしようとした僕の脳を、何かが揺らす。赤色の何かが、僕の体のなかを波紋のように走った。


「あ、れ?」


(町を出たら、即座に起爆するようにしておいた)



(奪えるものならば、奪ってみるがよい)



 博士の言葉が、僕の頭で反芻される。録音した覚えはないから、これはおそらく博士が何かの間違いが起きた時に仕組んだものだろう。それが、2回も、3回も「鳴っている」。


「いや、ダメです。外に出たら」

「どうしまシタ」

「いや、やっぱり残らなきゃいけない気がして」


 歯切れの悪い発言に呆れたのか、ジュディスは僕に迫った。


「決断は、早いほうがいいんデス。この国では、男に二言はないって言うんデスよね。アナタ一人のわがままは聞いていられまセン」

「そうじゃないんです」


 僕は立ち上がった。周囲の音が一挙になくなって、代わりに銃口が一斉にこっちに向けられる。取り囲んだ黒装束の人間たち数人は、ヘルメットを被ったまま僕のほうによった。

 おそらくだが、僕には効果がない。それでも本気のようだ。

 兵器である僕の発言は、信用してもらえないだろう。それでも本当になにかが起こるかもしれない。


 僕の場合は「なんでもない」じゃすまないのだ。


「博士が言ってました。おそらく僕の爆弾は、日本国外、もしくはこの町外に出た時点で起爆するかもしれません」


 室内が戦慄する。


「本当デスね」


 彼女の碧い眼が僕を射貫いた。間違うことは許さない、という気迫が伝わる。僕は彼女の目を見て、静かに言い切った。


「おそらく。博士は絶対にテロを成立させる気です」


 ジュディスは口を開いたまま、頭を抱えた。


「「ピー」デスネ。舐められたものだ。人質、ということデスカ」

「いえ、これはエラーメッセージだと思います。おそらくよからぬ輩に渡ったときに、何らかの手段で起爆したのが自分であると証明するために、僕にしか聞こえないようにしているんでしょう。現に、警告音が聞こえるのは、僕だけですよね」


 ジュディスは周囲に命じて、集音装置を僕につけさせた。

 確かに、そのスピーカーから聞こえてきたのは博士の声である。


「ワタシの発明を持ち出した時点で、この超兵器は即座に起爆する。制御装置をわーくにの地下50メートルに埋設している。無論、その場所は教えるわけにはいかん。ワタシの発明はワタシの目的のためだけに実現する。それを奪い取ったものには死を与えるのだ、ヒャハハハハ!!」


 相変わらずの勝ち誇った笑い声がする。


「しかたありまセン、あの博士の突きつけた条件、飲むしかなさそうデス」


 ジュディスはキャスター付きの椅子に倒れ込むように腰を落とした。少女が手を上げると僕を取り囲んでいた集団は銃を下ろし、定位置に戻る。


「まあ、言われてみればこの作戦、初めから一筋縄ではいかないと思ってマシタ。我々の目的としても、容易に確保できすぎると。しかたありまセン。あなたの移転を撤回しマス。その代わり、安全が確保されるまでワタシたちの監視下で過ごしていただきマス」


 署名を、と渡された用紙には、すでにジュディスのサインが記されている。

 内容は改訂されて、安置の位置が現在地になっていることが確認できた。


「書きまシタか」


 彼女にペンを返すと、ジュディスは液晶パッドを取り出した。

「記録映像。アナタにも見せるようにと政府からの要請デス」


 そこに映っていたのは、博士である。おそらく僕が目覚める前から撮りためていた「K型アンドロイド」の紹介映像であった。僕の姿はなく、つらつらとその新型兵器がどれだけの破壊力を生むのか、ということを誇らしげに語る内容である。


「最後にカレは、全世界に対して脅威ジブンの存在を知らしめるために生配信していまシタ。アナタを含めて、今回の計画の全てのをペーラペラ喋ってるの、わざわざ各国の諜報機関や政府に対して流してネ」


「そこに僕の姿は」


「まあ、見てくだサイ、こっからデス」


 ズームアウトされたところに、目を閉じた半裸の男性の姿が。その姿はまぎれもなく……完成したげんざいの僕だ。

 しっっかりと、映っている。


「あの博士ひと、公開しちゃったんデスヨ!に!」


 いや、アホである。

 どうしようもない。博士のくだらない恨みで発生した、死んでまで世の中を引っかき回そうという計画はみごとに成功してしまった。

 元はといえば、あの博士が余計なことをしなければ警察にマークされずにすんだというのに。


 彼によって作られた僕としては、いい迷惑だ。

 これからなんか、狙われるんだよなあ。




 一方。


「ええ、K-1827、もとい石上ユウジの身柄は合州国の元に。当初の作戦通り、監視を続けます。はい。機能の存在は不明ですが」


「では工作はそちらにお任せしてよろしいですか、ありがとうございます」


 なにやら隣家で怪しい動きを見せていたのを、僕は知るよしもなかった。

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エクスプロージョン的なのが日本を焼きマスが、恋しマスか? 輪ゴムパスタ @pasta-de536

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